第25話 スキル習熟特訓

 焼肉屋で打ち上げした日から一日が立ち、月曜日が来た。週の初めは、ほとんどの社会人が憂鬱な朝を迎えるものであるが、出勤してきた颯太の表情は極めて明るかった。というのも、先週の金曜日の嬉しさが今も土日を挟んだ今も抜けていなかったからだ。


 高校を卒業して会社に入って一か月間、大した仕事ができず、こんなはずじゃなかったと悶々とした日々を送っていた颯太であったが、ついに自分がやりたい仕事で結果を出すことができた。会社の人たちが喜んでくれたことも相まってその喜びは計り知れないものがあった。

 

 昨日はせっかくの休みにも関わらず近所のジムへ行き、一日中体を追い込んだ。何か体を動かしていないと喜びがあふれ出してしまい落ち着かなかったからだ。


 出勤時にそんな颯太の嬉しそうな顔を見て「おお、なんか朝から元気そうだな少年」と普段は他人の様子に無頓着な有希がこぼすほどであった。


「はい。元気ですよ。今週もめちゃくちゃ働きます。何か依頼は入りましたか?」

 颯太は瞳を輝かせながら有希の返事を待った。

「休みの間はなかった。まあ何か反応があるとしたら今週中に出るだろう。ゆっくり待とう」

「そうですね。わかりました。」

 颯太は、足早に更衣室へ向かうと、短い時間でトレーニングウェアに着替えた。

 そしてすぐに地下に続く階段を駆け下りるとトレーニングルームに入った。


 軽く準備運動を行うと、さっそくランニングマシンを使って走り始めた。


 仕事がない日の颯太の一日は、午前中は基礎体力を増やすための時間、午後はスキルを習熟させる時間であった。


(飛鳥さん、やわらかかったな)

 

ランニングマシンの上を走っていると、一昨日の夜のことが急に思い出された。

 駅前の広場で急に抱きしめられていたのはわずか数秒であったが、飛鳥の首筋のあたりから漂ってきた艶めかしい香り、頬に触れてきたやわらかい髪の質感、胸の辺り感じたやわらかい感触が、今も体に残っているようであった。

 颯太は家に帰ってからも何度も思い出してしまっていたが、その度に強靭な精神力でこみ上げてくる邪な感情を封じ込めてきた。


 今も、

「何を考えてるんだ俺は! しっかりしろ! 」

 と己を叱咤し、やがてトレーニングに没入していった。


 時計の針が十二時を回るころ、一通りのトレーニングを終えた颯太は、部屋の壁に面して置かれているベンチに腰掛け休んでいた。スマホで大手ニュースサイトの記事を読んでいると部屋の扉が開き、飛鳥が入ってきた。


 颯太は先日のことを思い出してしまい、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 心なしか飛鳥の表情も赤くなっているように見えた。

「颯太君お疲れ様」

「あっ、お疲れ様です」

「はい。今日のお弁当だよ」

 飛鳥は手に持っていた黒い弁当箱を颯太に渡そうとしてくる。

「ありがとうございます」


 颯太が弁当を受け取ると飛鳥は「今日も頑張ってね」と一言だけ言い、部屋を出ていってしまった。

 飛鳥のどこかぎこちない様子に颯太は違和感を覚えたが、気にしないことにした。

 飛鳥が作ってくれたお弁当はいつも通り絶品だった。特に椎茸や人参、牛蒡などの煮物がおいしくて颯太は驚いた。



 弁当を食べ終わると、颯太はベンチに横になり少し休憩した。そして時計の針が一時ちょうどになったときに立ち上がり、自分のカバンから今朝コンビニで買った五百ミリリットルの紅茶を取り出し半分ほど口にした。


 やがて颯太の体からは緑色のオーラが包み始めると、その中に赤色の結晶が浮かび始めた。颯太が、スキルを発動させると、右手の先にサッカーボールほどの大きさの炎の塊が現れた。会社に来る前から颯太は、今日は炎属性スキルの訓練をしようと決めていた。


 颯太は右手から出現し手の先でゴォーっと音を立てている火球を十メートルほど離れているコンクリートの壁に向かって飛ばした。火球はコンクリートの壁に向かってすごい速さで跳んでいくと、壁にぶつかって消滅した。壁にはわずかに黒い煤のような跡が残っている。


 「本当に建物の中でこのスキル使っても大丈夫なのか? まあでもこの前、社長は構わないって言ってたしな」

 

 颯太は火属性スキル以外の力はスキルが発動してからというもの、このトレーニングルーム内で発動させ、使い方を練習してきていたが、この火属性スキルだけはあまり使てこなかった。いかに全面コンクリートの部屋だからって建物内で使うのは気が引けていた。しかし、社長に相談すると

「かまうことねえよ! うちの建物は古くて広くもねえが頑丈さだけは一流なんだ。地下室は特にな。炎を使うぐらいどうってことないから構わずやれ」

 と言われていた。


 颯太は昨日、買ってきたチョークを取り出すと、ねずみ色のコンクリートの壁に向かっていくつか円を描いた。そして反対側の壁に立つと、自分が書いた円に向かって、炎を飛ばし始めた。


 バシュッ! バシュッ!

 颯太の右手からは次々に火球が放出され壁に当たっていった。

「くそ! またずれた! もっと下か?」

 バシュッ! バシュッ!

「よし、こんな感じか?」

 わき目もふらず百発以上打ち続けると、ようやく狙い通りの軌道で目標まで飛ぶようになってきた。ようやく満足した颯太はベンチに置いてあったタオルをとると額の汗をぬぐった。火球を当て続けていた壁を見ると、火球が当たったところだけ真っ黒に染まっていた。


 ベンチに座り五分ほど休んだ颯太は、再び立ち上がり先ほどの壁に向かって相対した。

(よし。試しに本気でやってみよう)

 颯太は、自分の右腕に全ての神経を集中させる。右手から出現した火球はみるみるうちに巨大化していく。わずか数秒で天井と床に当たりそうなまでのサイズになってしまった。火球が接近している天井と床に黒いすすが広がっていく。

「だめだ」

 颯太は、あわてて技の発動を止めた。すると一瞬で巨大な火球は消滅した。

(半分もオーラを込めていないのにあのサイズか。すごいな。でも。ここじゃこれ以上は実験できないな。どこか開けた場所じゃないと)


 颯太が体内に有しているオーラの量は約四十四万ほどである。しかし、このオーラは瞬時に体内に放出し使える者ではない。体にあるすべてのオーラの内、その瞬間、能力者が使用できるオーラはのは十分の一ほどである。颯太はどんなに本気を出しても、四万四千以上のオーラは使うことはできない。

 先ほど、巨大な火球を作り出そうとしたときに使用したオーラは二万ほどであった。もっと広い場所であったら。倍以上の火球が作り出せる計算になる。

 ちなみに颯太がずっと打ち続けていたサッカーボール大の火球は一つにつき五百オーラ使用する技であった。


 颯太は火属性能力の特訓はここまでにして、続いて瞬間移動と打撃を組み合わせたトレーニングを開始した。消えては現れ、消えては現れを幾度も繰り返しながら。部屋の片隅につるされているサンドバッグを殴り続ける。攻撃力強化スキルは発動したはいないが、颯太が身に纏っているオーラの分だけで身体能力は四・四倍に高められているため、拳を打ち込まれるサンドバッグは天井に当たりそうなほど高く揺れていた。部屋に響く音もドゴーン、ドゴーンと通常サンドバッグからなる音ではない音が響いていた。


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