第22話 ミッションボーナス

「いやーまじで颯太はすげぇよ!この会社始まって以来の活躍だ!まじでめでたい!!おら、颯太!もっと食え!今夜は好きなだけ食べろよな」

 猛は持っていたトングで肉を二枚掴むと颯太の皿へ入れた。


「ありがとうございます」

 颯太はすぐに肉を掴み口の中へ運んだ。

 店員が先ほどトモサンカクと言っていた部位は脂身は少なかったが噛むごとに旨味が溢れ出てくる。今日食べた部位の中でも絶品であった。


「本当によくやったよ。颯太のおかげでうちの会社は大助かりだ。さすがうちのエースだな」

 そう口にした有希も嬉しそうな顔を浮かべている。五杯目のハイボールがもう無くなりそうだ四


 立て篭もり事件を解決した次の日の夜、ヴァルチャーの四人は焼肉を食べていた。

 日曜日にも関わらず集まったのは、昨日の事件が理由である。立て篭もり事件の解決というのはヴァルチャーの二十年の歴史の中でも未だかつてないほどの大事件であった。

 昨日の夜、電話であらましを伝えた颯太であったが、猛から「こんなめでたい事は初めてだ!打ち上げをするぞ!」とものすごい勢いで誘われ、集まったのである。

 

 昨日の事件解決後、颯太はなかなか寝付けなかった。事件のことを思い出してしまい、頭が休まらなかった。自分が解決したはずなのにいまいち実感がわかず、夢の中の出来事のようにも感じていた。

 今朝起きてからも、実感が湧かなかったが、焼肉屋に来てからずっとテンションが高く、喜んでいる猛と有希を見て少しずつ自分の成果を実感し始めていた。


「もう!お父さん、お母さんってば颯太くんのことばっか褒めて。私だって索敵頑張ったんだから!確かに颯太君は凄かったけど」

 飛鳥は今日もハイペースでサングリアを飲み続けたためすでに顔を真っ赤にしている。その頬を少し膨らませて不満な気持ちを両親にアピールしているが颯太から見ると健気なリスみたいでただただ可愛いだけであった。


「悪い悪い。そうだよな。飛鳥も頑張ったんだよな。そんな顔をしないでくれ、これでも食べて機嫌を治してくれ」

 猛は特上牛タンをトングで掴むと飛鳥の皿に入れた。

「もぉー」と言いながらも飛鳥がタンを口にするとその顔は一気に笑顔に変わった。どうやらすごく美味しかったらしい。


 颯太は自分もタンを箸で取ると口にした。

 肉厚なのに、とても柔らかく、塩ダレの旨みも相まってこれまた絶品であった。

 右隣を見ると飛鳥が

「めちゃくちゃ美味しいよね」

 と言いながら颯太に微笑みかけた。

 颯太は確かにタンも美味しいのでだが、間近で見る顔を赤らめている飛鳥のが可愛すぎてそっちの方がドキドキした。

「はい」

 と言いながら視線を逸らすと目の前に置いてあったカクテキを一つ口に放り込んだ。


 ひたすら食べては飲んでを繰り返してしばらくするとみな満足したのか箸に手が伸びなくなった。テーブルにはちょうど肉はなくなり、もつの煮込みや桜ユッケなどのつまみだけが少し残っている。

 颯太からしたら今までの人生で味わったことがないほど絶品の肉であった。

 今日来た焼肉屋は「極」という名で、一つ一つの品が軽く三千円を超えており、八王子でもトップクラスの高級焼肉であった。

 

「あの、お父さん大丈夫なの?いくらお祝いだからってこんな店きちゃって……」

 普段一ヶ月の売り上げが百万いかないヴァルチャーである。飛鳥ぎ心配するのも無理のないことであった。颯太も食べながら内心、大丈夫か?とずっと思っていた。


「馬鹿野郎!野暮なことを言うんじゃねぇ。めでたいことがあった時は盛大に祝うのが大事じゃねぇか。金のことなんて気にするな」

 猛は大きな声を張り上げた。しこたま酒を飲んでいるためか普段よりも明らかに気が大きくなっているようだ。


「でも……」

 しかし、普段家族のために十円単位まで切り詰めている飛鳥の不安は拭えなかったようだ。飛鳥は不安気にしている。


「ドサッ」

 すると猛は持っていた鞄に手を突っ込む何かを取り出すとテーブルの上に落とした。

「えっ?」

 猛以外の三人は驚きの声を上げた。

 猛が出したのは札束だった。それも三つもある。


「昨日の分がもう振り込まれたんだ。三百万円ある。全く、仕事が早いから助かるよな」

 猛は札束を掴むと成金のようにうちわ状に広げて見せて微笑んだ。


「そんなにもらえるんですか?」颯太は質問した。

「ああ、強盗に人質をとっての立て篭もりはかなりの犯罪だからな。検挙した時の報奨金も高いんだ。そして……」

 猛は一つの札束の帯を外すと、おもむろに枚数を数え始めた。そして札束の半分ほどを掴むと颯太の前に差し出した。

「五十万円。これがお前の分だ。税金とかはもう引いてある」

「えっ?こんなにですか?」

「お前のミッションボーナスは二十パーセントだろ。六十万円から税金を引いて五十万だ。ほら、間違ってないぞ」驚く颯太を見て、有希がスマホの計算機アプリを使って計算してみせた。


「ありがとうございます」

(こんなにもらっちゃっていいのか?)

 颯太は一度は受け取ろうとしたがあることが気になり、質問した。

「あの、飛鳥さんの分はあるんですか?今回の仕事は二人で解決したので」

「飛鳥の分?ないぞ。だって飛鳥とはミッションボーナスの契約を結んでないからな。」

「えっ、じゃあ僕だけがもらうんですか? 飛鳥さんは無しで?」

「そう言う契約だからな」

 有希は冷静な声で答えた。


「私のことは気にしなくていいんだよ。昨日もほとんど颯太君がやったんだしさ。颯太君がうちのエースなんだから」

 飛鳥は、いつもと同じで穏やかな表情を浮かべていたが、その声色からは若干の悲しみを感じられたような気がした。


 颯太はしばらく「うーん」と考え込むと、口を開いた。

「あの、契約を変えてもらうのってできますか?」

 颯太の突然の提案にその場にいた3人は動揺した。

「どんなふうにだ?」

 有希がおそるおそる尋ねた。もし颯太がミッションボーナスを増やしてほしいと言ってきたらヴァルチャー側は立場上断ることができない。猛も飛鳥も同じことを考えているのか不安気な表情を浮かべている。

「僕の分のミッションボーナスを十パーセントに下げて、飛鳥さんに十パーセントつけられないですか?」

 颯太の言葉を聞いて社長と有希は安堵の表情を浮かべた。

「別にそれは大丈夫だが」

有希は拍子抜けしたような顔をしている。


「なんか新人の僕が飛鳥さんより多くもらうのは気が引けますよ。一緒に行った任務ですし。報酬も一緒がいいです。もちろん飛鳥さんが良ければですが」


「お前まじで欲がないんだな!いや、偉いけどさ。俺だったら考えれないぞ。飛鳥。どうするんだ?」


 飛鳥はプルプル顔を震わせながら黙っていた。

 顔は真っ赤に染まっている。

「あの……。颯太君は本当に良いんですか?ボーナス少なくなっちゃうんですよ?」

「別に構いません。飛鳥さんも同じの方が僕は嬉しいです」

「ありがとう!」飛鳥は涙を流しながら喜んだ。


「良かったな」

 喜ぶ飛鳥を猛と有希は暖かい眼で見守っていた。そして、それと同時に二人とも急速に頭の中を回転させていた。しばらくすると二人とも同じ結論に辿り着いた。

 この新しい契約はどう考えても会社側にメリットがあった。飛鳥と颯太が一緒に仕事をした時に支払う報酬額は変わらないが、これから先、颯太が一人で任務を行った時に払う報奨金が十パーセントで済むことになったのは大きかった。颯太はもはや会社のエースというより会社の宝であり、唯一の希望であった。これから先、颯太が莫大な富を会社にもたらすことはほぼ確実であった。その時に支払う報酬額が下がると結果的に会社は得をするのである。


 そのことに気がついた二人は互いに視線を合わせるとニヤリと微笑んだ。二十年連れ添った夫婦である。言葉にしなくても相手の気持ちは手に取るようにわかった。


 しばらくして、颯太が席を立つと、猛は興奮した様子で口を開いた。

「飛鳥、あいつと結婚しちゃえば? マジで良い奴だぞ! なぁ有希」

「ああ、ありだな。人間的にも経済的にもかなり大物だ。」

「あんな凄い人。私じゃ釣り合わないよ。結婚できるならしたいけどね。今はそれどころじゃないでしょ。せっかくヴァルチャーに訪れたチャンスなんだからちゃんとものにしないと」

「確かにそうだな。これからの作戦を、考えないとな。」


 三人は会社の未来について話し始めた。

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