第21話 達成感

「飛鳥さん。終わりましたよ」

 颯太は、飛鳥のそばに現れると、声をかけた。

 救出した少女は、立っている飛鳥の懐に顔を埋め泣いている。

「颯太君? いるの? 能力解除してくれないと見えないよ」

「ああ、すみません。忘れてました」


 颯太は能力を解除し姿を現した。

「やったね! ここから男の人たちが倒れていくのが見えてたよ。一瞬だった」

 飛鳥は颯太を見つけると、颯太の瞳を見つめながら最高の笑顔を浮かべながらそう口にした。


「ありがとうございます。すごく緊張したんですけど、何とかなりました」

 極度の緊張状態にあったのか颯太の表情は心なしか硬かった。しかし、今、飛鳥のとびきりの笑顔をうけて少しずつ達成感が込み上げてきてわずかに笑みが浮かんだ。

 二人が話していると、少女が飛鳥の懐から顔を放し、颯太の方を向いた。

「あの……」

 少女はもじもじとしながら何かを言おうとしているようである。シュートヘアの少女はその体つきから十歳ぐらいに見えた。


(こんな小さな子を人質に取るなんて、かわいそうに……。よく頑張ったな)

 飛鳥の話によると、犯人が立てこもってから一時間近くは経っていたらしい。目の前にいる少女への同情の念が込み上げてきた颯太は穏やかに口を開いた、

「大丈夫だった? 大変だったね。もう大丈夫だよ」

「あの、ありがとうございました。お兄さんが助けてくれたんですか?」

「うん。そこにいるお姉さんと一緒にね」

「本当にありがとうございました」


 少女は深々と頭を下げた。礼儀正しい少女に颯太は感心した。

「よく頑張ったね。君、名前は?」

「斎藤しずかって言います。三年生です」

「そっか。良い名前だね。しずかちゃん、もう大丈夫だよ。警察やお母さんのところまでちゃんと連れていくからね」

「ありがとうございます」

 三

 歩いていると急にしずかが尋ねてきた。

「ああ、ぼくは、透明になることができるんだ。こんな風に」

「えっ!」

 目の前で姿を消した颯太に少女は驚きの声をあげた。

「ちょっと颯太君。初めて見る人には心臓に悪いでしょ」

「ごめんごめん」

「すごいです! お兄さん。魔法使いみたいですね。」

 少女は目をキラキラさせて颯太がいるはずの位置を見つめている。

「ははっ、ありがとう。後は、瞬間移動ができるんだ。この二つの能力を使ったんだ」

「すごいですね! 本当に! 」

「ありがとう」


(なんかここまで褒められるとめちゃくちゃ嬉しいな)

 無邪気な少女の反応に颯太は素直に喜んだ。


「しずかっ!」

 そんなことを話していると突然大声とともに女性が駆け寄ってきた。女性を囲うように何人かの警官たちも隣にいる。

「お母さん!」

 女性の姿を見つけるとしずかは駆け寄っていき、女性に抱きついた。

「しずかぁぁぁー。しずかぁぁーーー」

 恐らく母親であろう女性はしずかを抱きしめると人目もはばからず大声で泣き始めた。


 親子の周りを警官たちと颯太と飛鳥は囲むように立ち、暖かい目で見守っている。

(ああ、初めて、本当の意味で人の役に立つことができたな……)

 無事を喜びあう二人を見て、颯太はヴァルチャーに入って初めて満足することができた。今まで行ってきた。浮気調査や、痴漢から守るボディガードやペットの捜索などもやりがいがなかったわけではないが、今回ほどではなかった。こみ上げてくる達成感を味わっていた。

 しばらくすると落ち着いたのか、母親は泣き止み、飛鳥の方に歩いてきた。

「あの……」

 しかし、母親が声を発した瞬間、突然大きなカメラを担いだ人たちが駆け寄って来るのが見えた。それに気づいた警官たちがしずかと母親たちを囲うように立ち、叫んだ。


「マスコミだ。もう来たのか。お母さんたち、一度パトカーに乗ってください。病院で検査とかをしたいので」

 地元のテレビ局なのか、取材班だと思われる男たちは五十mほど先の位置から走るのが見えた。おそらく、救助された少女と母親の感動の再開を取材するつもりなのだろう。こういう時のマスコミの仕事はやけに速い。

「わかりました。あの、すみません。お礼は今度させてください」

 しずかと母親は丁寧に飛鳥に向かってお辞儀をすると、警官に連れられ、パトカーに乗り込んだ。パトカーは窓にフルスモークがかかっており、車内が一切見えないようになっていた。

 親子を乗せたパトカーは足早に去っていった。

 パトカーちょうど去っていったときに、取材班の男たちがたどり着いた。機材を持ったまま走ったためか、みんな肩で息をしている。


「しまった。行ってしまった。チャンスだったのに」

 マイクを持っているアナウンサー風の男は特に悔しそうな表情を浮かべている。

 そんな取材班の動きをただ見ていた颯太と飛鳥であったが、取材班の男たちが急に飛鳥に向かって駆け寄ってきた。


「あの、被害者の方たちと一緒にいましたよね。もしかして、少女を救助した能企の人ですか?」

 急に向けられたマイクとカメラに、驚いたのは飛鳥であった。恥ずかしそうに、髪を整えながら横にいるはずの颯太を見た。

 しかし、そこに颯太はいなかった。いや、いるにはいるのだが、姿を消していた。


「ちょっと? 颯太君!」

 飛鳥が小声でつぶやくも、颯太からの返事はない。


 飛鳥は心の中で(もおぉーーーー)とつぶやくと覚悟を決め、カメラに向かって話し始めた。

「はい。私は八王子にある能力者専門企業「ヴァルチャー」の有馬です。一人は先に帰ってしまったんですけど、私たちが救助と犯人の確保をしました。これからも事件があった際はヴァルチャーまでご連絡ください」

 

 飛鳥は、堂々と自分の会社を宣伝した。取材班の男達が全員見とれるような笑みを口元に浮かべながら……。

 内心、顔から火が出るほど恥ずかしかったが、自分の会社を宣伝するチャンスをみすみす逃すような真似はしたくなかった。颯太が頼りにならない今、自分がやるしかない。心を決めた飛鳥は強かった。


「ありがとうございます。あの、事件の経緯や救助の方法などについて教えてください」

 その後、取材をされた飛鳥は十分ほどの時間、質問に答え続けた。颯太の能力や、救助方法などは秘密にしつつも何度も「ヴァルチャー」の名前を口にし、会社を印象付けた。

 やがて満足したのか、取材班は丁寧に飛鳥にお礼を言うと引き上げていった。

 一人取り残された飛鳥の前に颯太が姿を現した。


 颯太に気が付くと、飛鳥にしては珍しく怒ったような表情を浮かべ、口を開いた。

「もぉーーー、なんで姿を消すのよ。私を一人にして」

「すみません。なんか取材されるのって初めてで、緊張しちゃいまして……」

 颯太は、右手で頭を掻きながら極めて申し訳ないという表情を浮かべながら謝った。

「私だって初めてよ。一人にしないでよ」

 まだ飛鳥は怒りが収まらないのか、頬をぷっくりと膨らませながら颯太を見ている。

 怒っているはずなのにその表情がとてもかわいらしく、颯太は見とれそうになったが、すぐに心を修正して頭を下げた。

「ほんとすみませんでした。この埋め合わせは今度しますので。どうか許してください」

「何してくれるの?」

「その、今度は僕が夕飯を御馳走します」

「颯太君がディナーのお店を探してくれるってこと?」

「はい」

「わかった。それでいいよ。絶対だからね。死ぬほど恥ずかしかったんだから!」

 

 颯太の提案に納得したのか飛鳥の表情からは怒りの感情は消えたようであった。むしろ微笑みさえ浮かべている。

 飛鳥の笑顔をみながら颯太は改めて実感していた。

(ほんと、きれいな人だな……)


 二人は猛に事件解決の報告をした。猛も有希も、非常に喜んでいた。特に飛鳥がインタビューで会社を宣伝したことを知ると猛の隣にいる有希の叫び声までも聞こえてくるほどだった。

 

颯太と飛鳥はしばらく、駅前のベンチで話した後、電車に乗りそれぞれの自宅へ帰って行った。颯太は飛鳥を家まで瞬間移動を使って送ってあげたかったが、もうオーラが残っていなかった。二人は、今度、颯太がディナーのプランを考えることを約束して別れた。

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