第16話 ぴったりの仕事と焦り

「あぁ、もうっ! やってられない! こんな仕事ばかり……。勘弁してくれ」


 颯太が入社してから二週間ほどが経った水曜日の夕方、颯太は公園のベンチに座っていた。背もたれに体重をかけ、天を仰いでいる。颯太の心とは裏腹に空はところどころ浮かんでいる雲に夕日が差し込み、美しい光景が広がっていた。


「ごめん。颯太君。いい仕事がなくて、本当に……」

 颯太の隣にはグレーのスーツに身を包んだ飛鳥が座っている。体をひねり颯太の方を向きながら必死に颯太に謝っている。


「飛鳥さんのせいじゃないですよ。すみません。愚痴を言ってしまって……」

 隣に飛鳥がいるにも関わらず、愚痴ってしまった颯太は己を恥じた。しかし、どうしても抑えることができなかった。


 極めて温厚で忍耐強い颯太がここまで疲弊してしまうのには理由があった。それは……。


 今から一時間前、二人はとある歓楽街にいた。そして、あるカップルを尾行していた。颯太は、二人のすぐ後ろを歩いている。

 颯太が飲んでいるお茶は「ほうじ茶―透明化スキル」と「ジャスミンティー―透視能力」であった。

 

 颯太は、透明化スキルを発動させていた。はたから見ると、何の変哲のないカップルが歩いているだけであったが、颯太はもう二人の後ろを二十分ほど姿を消しながら歩いていた。飛鳥は、颯太より二十メートルほど後ろを歩いている。

 

 やがて、目の前の二人は人通りのない路地を進み、何やらやけに豪華な装飾を施されたホテルに入って行こうとした。颯太はその瞬間、懐に隠し持っていたスマホを取り出し、シャッターを切った。音はわずかになったが、距離があったため、二人が気付くことはなかった。

 

 颯太は二人と同じエレベーターにこっそり乗り込むと、息をひそめた。扉が閉まると二人はすぐに体を密着させ、激しいキスをし始めた。颯太はその光景を苦々しい表情で見つめていたがなんだか気持ちが悪くなり、目をつむった。

 

 やがて五階でエレベーターが止まると、二人は降りていった。二人はとびきりの笑顔で、部屋に入って行った。颯太はさすがに中までは入らなかったが、部屋の中を透視スキルを使ってしばらく覗いていた。やがて二人の体が重なり始めると、ホテルを後にした。

 

 建物の外で待機していた。飛鳥と合流すると深いため息を吐いた。

 颯太の様子を心配したのか、飛鳥はコーヒーを二本買うと、近くの公園に連れていったのであった。

 

 本格的に颯太がヴァルチャーの仕事を行うようになってから三日間で行った仕事は、浮気調査五件、行方不明のペットの捜索一件、痴漢からのボディーガード二件であった。

 どれも颯太が夢見ていたような仕事とはかけ離れてはいたが、それでも心を立て直し、頑張ってきてはいたが、ついに三日目にして嫌気がさしてしまった。

 

特に、浮気調査が一番好きではなかった。颯太に言わせれば、


(何が悲しくて人の恋路を覗かなければならないのか)

 

颯太にとって極めて心苦しい業務であった。しかし、颯太が使える能力は、浮気調査などの探偵がするような仕事にはうってつけの力であった。


(うちの会社……。想像していたよりもまったく仕事がない。まともな仕事なんて全くないじゃないか。俺は進路を間違えたのか? はぁ……)

 

 颯太はあまりにも理想とかけ離れた現実に心が沈んでいくのを感じていた。

 

天をぼーっと仰ぎながら颯太は今朝、起きたときにスマホで見た。ニュースの内容を思い出していた。

 そこには、一か月半前に一緒に卒業した同期たちの華々しい活躍が報じられていた。

 学年主席の神野迅は新人バトルリーグで十四連勝、学年次席の久遠寺大河は、ダンジョン内で七千万はする希少鉱石「トワイライトメロウ」の原石を発見。

 学年三位の間切りは半グレ能力者組織「キラーホエールズ」の壊滅作戦で華々しい成果を上げた。

 それ以外の同期たちや、特殊能力学園の第二学園の方から卒業した者たちは皆、活躍をし、世間からの注目を浴びていた。

 記事の最後にはこう書かれていた。今年の新人能力者たちは大当たり。まさにゴールデン世代だ。と。


(あいつらはこんなにも結果を出しているのに、俺は報酬五万円の浮気調査……。能力を使って他人のプライベートをのぞき見か……。何をやっているんだ俺は!)

 

 颯太の心には焼けつくような焦りが広がっていた。世界の中で、自分だけが取り残されてしまっているような感覚であった。


「颯太さん、はい」

 颯太がうつむいていると、頬に冷たい感覚が広がった。顔をあげると、飛鳥が缶コーヒーを頬に押し当てていた。なぜか飛鳥は笑顔を浮かべていた。

「ありがとうございます」

 颯太はコーヒーを受け取ったが、すぐに飲む気にはなれなかった。手のひらには缶から冷たさが伝わってくる。


「大丈夫だよ。颯太さん。絶対に。チャンスは必ず来ます。うちの会社が大きくなるためのチャンスが。颯太さんの力なら絶対にそのチャンスをものにできますよ」

「飛鳥さん」

 飛鳥の優しさがあふれ出した声によるものなのか、飛鳥の優しい言葉はなぜか颯太の胸に届き、ゆっくりと全身に伝わっていく。


「今は小さな依頼しか来ませんができることをやりましょう。颯太さんなら絶対に大丈夫です。うちの会社が必ず大活躍させますから」

 飛鳥の言葉を受けて、純粋な颯太はすぐに目に涙を浮かべる。


(ああ、この人がいるから頑張れるよ。飛鳥さんがいつも励ましてくれるから。なんとかやってこれてる。飛鳥さんとペアにしてくれたことだけは社長に感謝しなきゃな……)

 

颯太は、優しい瞳をこちらに向けながら力強く励ましてくる飛鳥を見ていると自然と心が軽くなっていった。手にしていた缶コーヒーを空けるとゴクゴクと飲み始めた。苦みの中にわずかに溶け込んでいる甘みがとてもおいしく感じられる。


「すみません。頑張りますね」

「うん。一緒に頑張ろう」

 

二人は立ち上がると、次の浮気調査の任務に向かい移動を開始した。

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