第15話 デートの約束
「本当に良いのか?」
自分たちの幸運がいまだ受け入れられず、猛は恐る恐る颯太に尋ねた。
「はい」
颯太は即答した。
「ありがとう。だったらうちは全面的にお前の活躍をバックアップするぞ。颯太! お前が今日からうちのエースだ。必ず最高の形でお前に実績を積ませてやる。お前の同期たちが驚くぐらい活躍させてみせるよ!なあ 有希! 飛鳥!」
「ああ!」
「私も同じ気持ちです。颯太さんを大活躍させましょう!」
颯太の熱さに影響を受けたのか3人とも興奮している様子だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
颯太も丁寧に頭を下げた。
「それと、任務ボーナスは20パーセントやる」
「えっ? そんなにくれるんですか? 普通、新入社員って五パーセントくらいですよね?」
「良いんだ。お前にはそれくらいの価値がある。しかも、こんな潰れかけの会社に残るって言ってくれたんだ。これぐらいはさせてくれ。」
任務ボーナスとは能力者が企業内で活躍し、稼いだ収入の内、一部を社員に還元するシステムであった。基本給とは別にもらえるため、能力者にとっては嬉しいものであった。二十パーセントという数字は業界内でも一部のトップ能力者しか得ることのできない数値だということを颯太は知っていためその大きさに驚いた。
自分の価値を最大限尊重してくれていることが伝わってきて嬉しい気持ちになった。
「ありがとうございます。全力で頑張ります。必ずこの会社に貢献して見せます」
颯太は机に額が当たりそうになるほど深く頭を下げた。
「よし、話は終わりだ。すまん。定時を過ぎてしまっているな。今日はもう帰っていいぞ」
社長は壁に懸けられている時計を見るとそう口にした。時刻は十八時になろうとしていた。颯太は入社してから定時である十七時過ぎには帰らせてもらっていたが、今日は大事な話があるということで、この時間までトレーニングをして待機していたのである。
「では失礼します」
颯太は、丁寧にお辞儀すると、部屋を出ていった。
颯太が出ていった社長室で三人は話し始めた。
「なんて素直で良い奴なんだ! うちに残るってよ。まじか。思わず、二十パーセントのボーナスまで約束しちまったよ」
「よほどうちのオファーが嬉しかったんだろうな。うちとしては本当に幸運だったな。かなり好感触だっただろ。ケチなお前が二十パーセントのボーナスを約束するとはな。まあ気持ちはわかるよ」
有希も嬉しそうにしている。
「本当に良い人が来てくれましたね。転職したほうが絶対に手厚い待遇が受けられるのに。もしかして、気づいてないんですかね」
飛鳥は一抹の不安を覚えた。
「いや、あいつは育成学園の出身だろ。あそこは頭もよくなけりゃ入れないだろ。きっと全部わかってて、それでもうちに恩義を感じてくれたんだろう」
「何としても颯太さんを活躍させなきゃですね」
「ああ」
「そうだな」
「それしにても飛鳥、あれは続けるのか?」
「あれって?」
「颯太を落とす作戦だよ。今日の感じだとそんなことをしなくてもうちに残ってくれそうじゃないか」
「確かに」
有希も猛に同調した。
「全く、だからお父さんとお母さんはだめなんですよ。確かに颯太さんはすごく純粋で良い人ですよ。でもうちの本当の実情を見てないじゃないですか。うちの危機的状況を本当の意味で知ったらどう出るかはわかりませんよ。忘れたんですか? 最近のうちの収支を……。まともな仕事だって入ってきてないじゃないですか!」
「「確かに」」
二人は同時にうなずいた。
「作戦は継続です。どんな状況になってもこの会社から離れられないようにするんです。恋の力はそれくらい強いんです」
「だからお前、恋愛したことないだろ? 自信ありすぎだろ?」
「読んできた少女漫画は千冊を超えています。私に任せてください。あ、私颯太さんを見送ってきますね」
飛鳥はそう言うと、駆け足で社長室を後にした。
「無駄だ、あいつは一度決めたら意地でも貫き通す。忘れたのか? 育成学園に入学した時のことを」
「ああ、そうだったな」
飛鳥は、全寮制の育成学園に入学してからも、学園側に頼み込み、八王子から奥多摩までの往復三時間の通学を三年間続けた。すべては両親の仕事を手伝うために。頑固であるが両親想いの娘であった。
「飛鳥はいつも俺らのことを一番に行動してくれるよな。わかったよ。今回のこともあいつに任せてみよう」
「ああ」
二人は目の前に置かれていたすでに冷めている緑茶に手を付けた。
一階にある男子更衣室を出たところで、飛鳥は颯太を見つけた。すでに颯太はスーツに着替え終わり、リュックを背負っていた。飛鳥は慌てて声をかけた。
「颯太さん。お疲れ様です」
「飛鳥さん」
「颯太さん。ありがとうございました。うちに残るって言ってくれて。私、本当に嬉しかったです。」
飛鳥は先ほどの颯太の言葉を思い出すと今でも胸にジーンとくるものがあった。
「いえ。僕を取ってくれた会社ですので。ちゃんと恩は返しますよ」
「ありがとうございます。私たちも颯太さんを全力で応援しますので。一緒に頑張りましょうね!」
「はい」
颯太はとびっきりの笑顔で微笑んだ。その表情があまりに無邪気だったため、飛鳥は少しドキッとした。
(まずいまずい。私がドキドキしてどうするのよ。だめだ。頭を切り替えないと)
飛鳥は自分を立て直し、考えてきた作戦を口にした。
「そう言えば颯太さんって八王子はあまり詳しくないんですよね」
「はい。僕はもともと埼玉出身ですし、学校があった奥多摩と、今住んでいる拝島以外はあまり詳しくないです」
奥多摩は、東京の西のはずれにある山や川などの自然に囲まれた地域である。拝島は八王子から電車で北に三十分ほどで行ける町であった。
「そうですか。では、私が八王子の町を案内しますよ。おいしいお店とかも知ってますし。こんど一緒にどうですか?」
「良いんですか?」
「早くこの町にも慣れてほしいので。一緒に回りましょう。颯太さんの瞬間移動は言ったことのある場所は移動できるんですよね。だったらもしもの時に備えて色々な場所に行っておいた方がいいですよ」
「たしかにそうですね。ではお願いしたいです」
「じゃあ来週の金曜日の仕事終わりとかどうですか?」
「わかりました。お願いします」
(やった。うまく行った。さすが私! 良かったぁぁぁ。まずいまずい、どの漫画にも恋愛は駆け引きが大事だって書いてあったじゃない……。嬉しくても顔に出しちゃだめだ。冷静を装わないと……。っていうか私顔赤くなってないかな。大丈夫かな)
ただの町の案内に颯太を誘っただけであったが、恋愛について何の経験のない飛鳥からしたら大きなことであった。顔はわずかに赤くなっているだけで大きな変化はないが内心は心臓が激しく高鳴っていた。
「それじゃあ、また明日」
そんな飛鳥の胸の内には全く気付かない様子で颯太はそう口にした。
「うん。またね」
飛鳥が声をかけると、颯太は手に持っていたペットボトル容器の玄米茶に口を付けると飛鳥にお辞儀をしてから瞬間移動を使い姿を消した。颯太が一人暮らししている拝島までは直線距離で約十キロメートルであり、颯太の能力で十分行ける距離であった。
「はぁ、ほんといい子だなぁ」
先ほど、自分たち家族の前でヴァルチャーに残ることを宣言してくれた颯太の姿を思い出しては、飛鳥は何度も心を打たれていた。正直、飛鳥も、颯太はすぐに転職を考えると思っていた。あの場ではそう言わなくても。心の中ではきっと。でも颯太の反応は違っていた。心の底から恩義を感じている様子だった。心の中まで全て読むことはできなくても、颯太の言葉、話し方、表情、そのすべてから颯太の心は伝わってきていた。
飛鳥は、自分にとって何よりも大切な両親が経営している会社に颯太が残ってくれると言ってくれたのが何よりも嬉しかった。
(まだなにもしてあげられてないのにな……。絶対に活躍させてあげよう。)
飛鳥の胸の中には颯太のために力を尽くしていこうという思いがふつふつと湧いている。
「そして、この会社にずっと残ってもらうんだ」
先ほどの颯太の笑顔を思い出すと、再び胸が高鳴るのを感じた。
(まったく、何をしているの。私は……。私が颯太さんを落とさなきゃいけないのに……。私がときめいてどうするのよ……。しっかりしなきゃ。)
自分の中に確かに芽生えてしまった感情を必死で否定しながらも飛鳥は、金曜日のことを考えて頬が緩むのを抑えられずにいた。
「良いお店見つけなきゃね。八王子の町、全くわからないや」
飛鳥は嬉しそうに小さな声でつぶやいた。
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