第14話 恩
しばらくすると、飛鳥に連れられて颯太が部屋に入ってきた。まだトレーニングを行っていたのか、上下共に紺色の運動着を来ている。
社長室にある机に颯太を座らせると、猛は様々な資料を見せながら、本当の価値を伝えていった。一つ一つの能力がどれほど価値があるのかも詳しく……。
話を聞いている颯太の頬が嬉しさのためかどんどん紅潮していくことに猛は気付きながらも最後まで説明を続けた。そして話の結論として
「というわけだ。颯太、お前には少なく見積もっても32億以上の市場価値がある」
と、一番重要な市場価値をありのまま伝えた。
「32億⁉︎間違いないんですか」
颯太は信じられないという顔を浮かべている。つい最近までハズレスキルが一つだけだと思い込んでいたのだ。32億という額が夢のように思えて確認してしまった。
「ああ。規格外の力だ。しかもお前のオーラは業界のトップ能力者と比較しても劣らないほど馬鹿でかい。新人のトップどころか、能力者業界のトップ20にも入るほどの価値がある」
猛の話を聞いて、颯太は天にも昇るような気分だった。自分の努力の全てが報われた気がした。
(迅、お前の言う通り、努力は無駄じゃなかったぞ。ありがとう。努力をやめないで良かった。あきらめないで良かった! みづき、大河ありがとう! 俺の本当の力がわかったぞ。心配かけたな。あぁ、早くみんなに会いたい)
颯太の心には仲間への感謝の気持ちが次々に湧いては広がっていった。颯太は、自然とこみ上げてきた涙を腕で拭った。
その様子を猛たち三人は暖かい目で見守っている。
「良かったですね。颯太さん」
飛鳥はなぜか自分も少し涙を浮かべながらそう口にした。
「なんでお前が泣いてるんだ?」
有希はそう口にしながらも笑みを浮かべている。
「だって。良かったじゃないですか。本当の力がわかって。今までずっと努力されてきたのはオーラ量を見ればわかりますし。なんか感動しました」
「ありがとうございます。本当、良かったです」
(飛鳥さん、俺のために泣いてくれたんだ。めちゃくちゃいい人じゃないか。天使だな……)
飛鳥の様子を見て、颯太の心にはさらに幸福が広がっていった。
「颯太、ここからがさらに大事な話なんだ。よく聞いてくれ」
「わかりました」
颯太が落ち着くのを待って社長が口を開いた。飛鳥も有希もここから先の話の内容を知っているだけにやや強張った表情を浮かべている。3人の様子から、空気が変わったことは颯太にも伝わってきた。なにかはわからないけど、この3人にとって非常に大切な話がくるだろうことは理解できた。
「それでだな。お前の市場価値は今、伝えた通りなんだが。この会社の今の状況についてもお前に話しておく必要があるんだ。心して聞いてくれ」
「はい」
「お前もわかってると思うが、うちは零細企業だ。社員もお前を入れて3人しかいない。それでだな……。うちの会社は正直言ってかなり経営状況が悪いんだ。お前がいてくれると助かるが、今は試用期間中で、半年がたたないと本契約は結べないだろ? それでだな……」
「猛、端的に言ってやれ」
言いたくないことをなんとか伝えようとしている猛に対して有希が言った。
「そうだな。わかった」
猛は姿勢を正すと意を決したように口を開いた
「颯太、お前は契約金を返せば、ここよりももっと良い会社と、考えられないような好条件で契約することができるんだ」
「……」
社長の言葉を颯太は真剣に聞いている。
「このことと、君の本当の市場価値は本当はあまり伝えたくなかったんだがな、飛鳥が正々堂々言えっていうから、ちゃんと話したよ。やっぱり……、転職しちゃうよな……?」
(そういうことか。何の話かと思えば……)
ここまで、話を聞いて、颯太はやっと社長が言いたかったことと、猛の横に座っている有希と飛鳥が真剣な表情を浮かべている理由が理解できた。
(本当に、良い人たちだな。自分たちの会社にとって何のメリットもないこともちゃんと教えてくれるんだから)
颯太は、一介の新入社員の自分にしっかりと筋を通して会社側にとって不利になることも教えてくれたことに軽く感動していた。そして、自分の本当の価値を把握したうえで、真剣に自分の未来を想像し始めた。
(確かに、俺の価値が本当に32億もあるんだったら、転職は正しい選択肢だ。契約金を返せば、他の企業と破格の条件で契約は結べるだろう。個人に支払われる個人契約金も迅を超えて5億以上を俺は手にできるだろう。でも……)
颯太は、わずか数秒の間に自分が転職した場合の未来をできる限り想像してみた。しかし、不安げな表情でそんな颯太を見つめている家族を見ると、颯太の思考は驚くほど簡単に一つの結論にたどり着いた。
「僕は、転職するつもりはありません。この会社で頑張っていきたいです。僕には願いが二つあります。自分のスキルが発動しなくて、ずっと悩んでいたときに支えてくれた同期の仲間たちに、自分の力を証明して安心してもらうことです。僕が壁を障害を乗り越えた姿を見てもらって、感謝の気持ちを伝えたいです」
颯太の覚悟は完全に決まっていた。
「そして、もう一つは、どこにも行く当てもない僕を拾い上げてくれたこの会社に貢献することです。どこにも行けないのかと、絶望していた僕にオファーを出してくれたとき、本当に嬉しかったんです。まだ何も恩返しできていないのに転職するなんてありえないです。僕はこの会社で頑張っていきたいです」
颯太の熱い想いを聞いて、「ヴァルチャー」の三人は皆、心が打たれていた。颯太のあまりの純粋さ、誠実さにすぐに言葉も出てこなかった。颯太の決意に、気軽に「ありがとう」というのもはばかれるような気がした。
常識的に考えれば、転職したほうが遥かに自分のキャリアにとって有利だということも颯太は全て理解していた。それでも、自分にとって利益が多い、利益が少ないだけで決断するほど冷たい人間でもなかった。
(他の会社に行けば、今よりもずっと良い環境で働けるだろう。仲間たちも評価されるに違いない。でも俺が欲しいのは結果だ。スキルによる市場価値だけじゃなくて圧倒的な結果を出してみんなに喜んでもらおう。それに、せっかく取ってもらった会社なのに、何も恩返しをしないで転職するのは違うだろ。俺のためにいろいろな実験をしてくれたんだ。俺は、この会社に貢献して恩返しをするんだ)
颯太は人情に篤い人間であった。また、単純にヴァルチャーの三人が気に入っていた。初めは個性的過ぎてついていけないと考えたこともあったが、一緒に行動を共にするなかで、親しみが湧いてきていた。
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