第13話 社運をかけた戦い
「飛鳥! どこから聞いていたんだ?」
有希はあきれたような表情を浮かべている。
「全部です」
「そうか……、困ったやつだ」
飛鳥のスキルは索敵スキルと聴覚強化であった。そのスキル範囲は飛鳥を中心に半径50メートルまで及ぶ。飛鳥が会社内でスキルを使えば全ての会話は筒抜けであった。飛鳥は、有希と猛が何やら怪しい様子で社長室に入ったのを目撃したため、たまらず盗聴を開始した。さすがに二人の子供であるため。こういう場合は大抵は良からぬことを考えていることを知っていた。
「颯太さんに嘘の市場価値を伝えるなんてありえないです。わが両親ながら本当に見損ないました!」
飛鳥はバンっと机を勢いよく叩きながら感情を爆発させた。
「仕方がないんだよ。颯太が転職してしまったらうちの会社は終わる。何とか残ってもらわなきゃならない。おい有希! 最近の収支を言ってくれ」
「わかった」
有希は黒いタブレットを開くとぽちぽちと操作し、画面に浮かび上がった数字を読み上げた。
「先々月の売り上げが、83万。経費を含めた出費が52万だ。そして、先月は売り上げが76万。経費を含めた出費が62万。それとは別に颯太を雇うために440万の出費だ」
「なるほどなるほど。どうだ飛鳥。これがわが社のリアルな状況なんだよ。すごいだろ!」
猛は、有希が読み上げた数字を聞くと、さもすごいことのようにそう口にした。
「自信満々に言わないでください。恥ずかしいことを。どうするんですか。壊滅的じゃないですか!」
「だから颯太を何としても引き留めなきゃならないんじゃないか。止めてくれるな。市場価値を誤魔化して、転職なんて考えないようにするんだ。少なくとも半年は」
「私は、絶対に反対です。お父さんとお母さんが言わないなら私が言います」
「飛鳥……」
「正直に言うしかないですよ。それで転職されたとしてもそれはそれで仕方がないです。元々、3000万の価値があるところを安く買い叩いてるんです。どんなに貧乏になったとしても零細企業であろうと誇りは持たなければだめですよ。正々堂々、ちゃんと伝えましょう。転職してしまったらそれはそれでしょうがないです。もともとうちなんかに来るべき人じゃなかったんですよ」
「いや、しかしな……。本当に倒産するぞ?」
有希は言った。
「仕方ないじゃないですか、潰れたら潰れたで私が他の会社で今よりも稼いできますよ」
「飛鳥……」
猛は、そうつぶやいたきり黙ってしまった。
「颯太君をここに連れてきます。多分地下のトレーニングルームで一人で訓練してますから」
飛鳥はドアに向かって歩いていく。その背中に向かって、声がかかった。
「飛鳥! 頼む! 父さんな。この会社をつぶしたくないんだ。有希と二人で必ず大きくしていくと20年前誓ったんだ。この通りだ。頼む。今回ばかりは見逃してくれ」
猛は、実の娘に対して土下座をしている。それはもう背筋をピンと張った完璧な姿勢を保っている。
「いつもギャンブルばかりしているくせに。こんな時ばかりそうやって言うのずるいですよ。だったら普段からもっと頑張ってください」
「すまん! もうギャンブルはやめるから。この通りだ! あいつを引き留めるために今回のことは見逃してくれ」
普段だらしがなく、ダメ人間街道を突っ走っている猛であったが、それでも飛鳥からしたら父親であった。床に頭をこすりつけ、必死で頼み込む姿を見ていたら飛鳥の胸にも痛みが広がってきてしまった。
「はあーーー、わかりました。私が何とかしてみますから。だから颯太さんに嘘をつくのは絶対にやめてください。それは人間として認められません」
飛鳥は深いため息を吐くとそう口にした。
「じゃあどうするんだ。本当の価値を知ったら99・9パーセントあいつは転職すると思うぞ。なんせ、32憶の市場価値だ。どこの企業にも重宝され、月収だって1000万以上は確実だろう。他の会社にいけば約束された成功があいつには待っているんだ。よほどの馬鹿でもないかぎり、うちには残らないだろう」
有希は冷静な分析を披露した。
「私に任せてください」
「なにかいい方法があるのか?」
「私が颯太さんを引き留めて見せますから」
「だからどうやって?」
「それは、その……」
飛鳥は何かもじもじしている。しかし、やがて覚悟を決めたのか、顔を赤らめながらも口を開いた。
「颯太さんを私が落として見せます。私のことを好きになってもらえれば、転職なんか考えないはずです」
「……」
「……」
飛鳥の言葉を聞いた二人は、口をポカーンとあけ、呆然としている。そして、しばらく時間が経った後に、二人とも声をあげて笑い始めた。
「何がおかしいんですか! 人が真剣に考えているのに! 」
飛鳥は自分の真剣な決意を笑われ、極めて心外だと言った顔をしている。
「何を言い出すかと思えば。飛鳥にそんな真似ができるわけないだろ。大体、お前処女だろ。恋愛の経験もないくせにそんなことできるわけないよ」
有希は涙が出るほど笑った後に、そう口にした。まだ、口元に笑みを浮かべている。
「ありがとな。飛鳥、でも気持ちだけもらっとくよ」
猛も、笑いをこらえながら言った。
「馬鹿にしないでください! 私だって本気を出せばそれくらいできますよ。大体、誰のせいで今まで恋愛できなかったと思っているんですか! お父さんとお母さんが頼りないから私が高校生の頃から仕事を手伝ってきたんじゃないですか。時間と余裕さえあれば恋愛だってできたはずです!」
飛鳥はものすごい形相で二人をにらんでいる。
「わかったわかった。そうだな……、ごめん。俺らのせいでいろいろと苦労を掛けたな。済まなかった」
「全く……」
腕を組んでいる飛鳥の前で。猛と有希は小声で会話した。
「飛鳥って私たちとは違う方向にぶっ飛んでるよな」
「ああ。その発想はなかったな」
「とにかく、颯太さんのことは私に任せてください」
「まてまて、飛鳥的にはその方法はありなのか、たとえうまくいっても、それは颯太をだますことにならないか」
「お父さんとお母さんがやろうとしてることよりはずっと健全だと思うけど」
この時、有希と猛は同じことを考えていた。
(でたよ。飛鳥の意味が分からない理論……)
飛鳥は有希や猛とは違って、普段は極めて常識人であったが、時々ぶっ飛んだことを考えることが昔からあった。
「それで、もし颯太がお前に惚れたらどうするんだ? 付き合うのか」
「別に私はかまわないです。颯太君は素直だし、なんか一生懸命なひとだし、悪い人じゃなさそうですから」
「そうか。ならいいんだ。なあ有希、俺らの娘がここまで言ってくれてるんだ。とりあえず任せてみるか」
「そうだな、でも飛鳥、本当のことを言って、颯太がすぐに退職すると言ってきたらどうするんだ?」
「さすがにそうなったら打つ手なしです。今日辞めるって言わないように祈っていてください一か月くらい迷う時間があればそのうちに何とかできますが……」
「すごい自信だな。恋愛経験なしのくせに」
「こう見えて、恋愛漫画はずっと読んできましたから、男の人の心など手に取るようにわかります。任せてください」
自信ありげに胸を張る飛鳥に対して、漫画の世界と現実は違うんだよと言おうかとも考えた有希であったが、あまりに飛鳥が得意げなのでやめておいた。とりあえず成り行きを見守ることにした。
そもそも、飛鳥はこうと決めたら絶対に自分を曲げない性格だった。よく言えば素直、悪く言えば頑固だった。
「じゃあ、颯太さんを呼んできますね」
飛鳥は社長室の扉を開け出ていった。その背中を見送ると、猛がおもむろに口を開いた。
「なあ、あいつ本当に俺らの子か」
「ああ、間違いない。お前の種を受けて私の腹から生まれたんだ。まぎれもなく私たちの子だ」
「そうか、それにしてはずいぶんまっすぐ育ったな」
猛は不思議そうな表情を浮かべている。
「ああでも……、颯太を落とすっていうのは面白過ぎるな」
「ああ、発想がぶっ飛んでる。そういうところは俺らの子供っぽいな。面白いから任せてみよう」
「ああ」
二人は、社長室でしばらく笑い続けた。
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