第11話 化け物

 午後一時半、颯太は再び地下一階のトレーニングルームにいた。上下共に紺色の運動着を来ている。颯太から五メートルほど離れた位置には猛が立っている。猛は、警察の特殊部隊が着るような戦闘服を着ている。そして、両手にはボクシングミットがはめられている。極めて厳重な防御態勢をとっていた。

 

 有希と飛鳥は、部屋の端から二人を見守っている。

 颯太と猛が何をしようとしているかというと話は二十分ほど前に遡る。昼食を食べ終わった後、颯太は、すぐに烏龍茶と麦茶を飲んでみた。すると二つのスキルが覚醒したのだ。

 

烏龍茶の方は敏捷性強化六倍、麦茶の方は攻撃力強化八倍と、どちらも強力なスキルが出たのだ。

 身体能力を強化するタイプのスキルが防御力意外に二つも現れたため、防御力強化4倍と合わせると、どれくらいの強さになるのか試すことにしたのである。

 ちなみにお茶を飲んで発動するスキルは、最大で4種類まで同時に使用できることが、午後の初めの実験で判明していた。

 

 颯太が放出している、黄緑色のオーラの中には、防御力強化のエメラルド色の結晶、敏捷性強化のオレンジ色の結晶、攻撃力強化の黒色の結晶が鮮やかに揺れていた。

 

現在、颯太の体には、防御力強化四倍、敏捷性強化六倍、攻撃力強化八倍のスキルがかかっていた。それに加え、颯太が持つ四十四万という莫大なオーラ量は、身体能力を四.四倍強化することが可能であった。

 颯太の持つ、オーラの身体能力強化効果と、スキル強化を併用すると以下の数値になる。

 防御力強化 四倍×四.四倍で一七.四倍

 敏捷性強化 六倍×四.四倍で二六.四倍

 攻撃力強化 八倍×四.四倍で三五.五倍


 一方、颯太に相対するように立っている猛の基礎オーラ量は二十五万である。つまり、猛の基礎オーラがもたらす身体能力強化効果は二.五倍しかなかった。それでもオーラを持たない一般人からしたら超人的な身体能力を発揮することができるが、今の颯太を前にすると心もとなかった。

 猛が重たい装備で身を包み、完全防備するのは当然であった。


「颯太、はじめに言っておく。俺は弱いぞ。下手したら死ぬかもしれん。絶対に加減してくれ。」

 はるかに年下の颯太に対して猛は恥ずかしげもなく言い放った。

「わかりました」

 颯太は自分の体が、自分でも把握できないほどに強化されていることに気付いていたため、真面目な顔をしている。

「よし、来い」

 猛は重心を下げ、がっちりとミットを構えると颯太に声をかけた。

 颯太は、ほんの少し、駆け足になるくらいのつもりで移動し、軽いジャブくらいの強さで猛のミットを殴った。「ドゴォッ」という激しい音が響いた。

 次の瞬間、猛はミットごと、三メートル後方まで飛ばされ、コンクリートの壁に全身を打ち付けて倒れた。


「すみません! 大丈夫ですか!」

 颯太は慌てて駆け寄ると、倒れている猛を起こし、壁を背に座らせた。

「お父さん!」

「大丈夫か?」

 飛鳥と有希も信じられない程強力な颯太の攻撃に、慌てて猛に駆け付けた。

「颯太……。今の攻撃、どれくらいの力だ?」

 猛は、ダメージのためか、視界が定まっていない様子でそう尋ねた。

「一割程度です。怪我させないように、本当に抑えました」

「そうか……。有希! 喜べ。うちの会社はでかくなるぞ」

 心配そうに見守っている有希に笑顔でそう言うと猛は意識を失った。


 猛の眼には、颯太の動きは残像でしか見えなかった。颯太が放った一撃は、まるでトラックが衝突したのかと思うほどの衝撃だった。

 ほんのわずかな力でこの強さ。

 完全に化け物であった。


 数分後、有希が用意したやかんで顔に水をかけられた猛は意識を取り戻した。有希と何やら会議があるからということで颯太は家に帰された。

 颯太は、今日一日に起こったことを振り返りながらここ数年で一番幸せな気持ちで眠りについた。

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