第10話 能力開発⑤

「よし、次だ!」

「えっ? まだ実験するんですか」

「当たり前だろう。まだまだ試したいことはあるんだ。みんなこっちに来てくれ!」

 

猛が案内した場所は三階オフィスの窓際であった。壁の側面の全てがガラス張りになっているため外の景色が良く見える。午前十一時の通りは車の往来が盛んで、人も多数歩いていた。窓に張り付きながら颯太が下を見ていると、猛が声をかけた。

「違う、違う、見るのは下じゃねえ、あれだ」

 猛が指さした先には、八王子で一番高いビル「ミレニアムタワー」が見えた。距離があるため、そこまでの高さは感じないが、たしか百五十メートルはあるんだよなと颯太は思った。


「なんだ? ミレニアムタワーがどうしたんだ」

 有希は尋ねた。

「さっき颯太には言ったが、瞬間移動スキルは行ったことがある場所と、見える場所に移動することができるんだ」

「お父さん、まさか……」

「颯太、あそこの上まで行くぞ。俺らも一緒に」

 猛はかっこつけたようなニヒルな表情を浮かべている。

「えっ? 本気ですか?」

 颯太は冗談かと思って、戸惑いながら、有希と飛鳥の方に視線を向けた。

「面白いな。ただ、不法侵入だから、少しだけだぞ」

「ええー、お母さん賛成なの?」

「私は高いところが好きなんだ。あのタワーにも一度登ってみたいと思っていた。お前はどうするんだ? 飛鳥」

「二人が行くなら私も行くよ。別に高いところ苦手じゃないし……」


 しかし、颯太の思惑とは違い、猛に反対する者は誰もなく、あっという間に高層ビルの上に行くことが決まってしまった。


(まじか、誰も反対しないの? 自分で不法侵入だって言ってるし。やっぱりこの家族ぶっ飛んでるな。まあ、でもいい。社会人は上司に言われたことは絶対だって聞いたぞ。とりあえずやってみよう)

 

颯太はあまり深く考える性格でもなかったためすぐに気持ちを切り替えた。正直、自分がビルの屋上に立っていることを考えてみると面白そうだなと思ってしまったのも事実だった。


「わかりました。じゃあ、行きますか。手を握ってください」

 颯太が3人に手を伸ばすと猛が口を挟んだ。

「ちょっと待て、颯太。お前のオーラ量ってどれくらいだ?」

「基本的には四十四万ですけど。もう今日はちょっと使っちゃってるので残りは三十八万くらいだと思います」

「さすがだな。それだけあれば充分だ。見ろ」

 猛は手に持っていたスマホの画面を見せた。そこには地図アプリが開かれている。

「ここからミレニアムタワーまでの距離は直線距離で千四百メートルほどだ。タワーの屋上までは千七百メートル見積もっておけば十分だろう」

「それがどうかしたんですか」

 颯太は尋ねた。

「忘れたのか?スキルチェッカーに書いてあっただろう。君のスキルは十オーラに付き一メートル移動ができるんだ」

「そうでしたね。忘れてました」

「千七百メートルだと君だけが飛んだ場合は往復で三千七百メートル。オーラでいうと三万七千オーラだ俺ら四人で跳んだ場合は四倍で十四万八千オーラだ」

「なるほど。遠くに行けば行くほどオーラは消費され、飛ぶ人間の数だけ倍になるんだな」

 有希は興味深げに言った。


「大丈夫なんですか? 十四万八千も一気に使っちゃって」

 有希は心配そうな顔をしている。

「大丈夫だ。颯太のオーラ量ならばおつりがくる。これだけ使ってもまだ二十万以上は残るだろう。ほんと、オーラ量だけで言ったらすでに業界トップクラスだよ。よくここまで上げたな」

「ありがとうございます。スキルが発動しなかったので、オーラを増やす訓練だけは毎日欠かさずにやりました」

「さすがだ。おかげで今、四人で跳ぶことができる。よし頼めるか」

「はい」

 颯太が広げた手のひらに三人は手を重ねた。颯太の周りにオーラと金色の結晶が浮かび上がった。次の瞬間四人は姿を消した。


 その場所からは美しい景色が良く見えた。眼下には八王子の町、少し離れたところには立川、遠くの方には都内のビル群も見える。西の方角を向けば富士山も見える。まさしく絶景が広がっていた。

「ほお、あれはユーロタワーかな」

「お母さん、そんなに行くと危ないって」

 ビルの端、ぎりぎりまで言って景色を見ようとする有希の手を飛鳥は必死で後ろに引いていた。


 隣を見ると、颯太の横で猛は腕を組んで仁王立ちしていた。その瞳からは一筋の涙が流れている。

「社長?」

 怪訝に思った颯太がそう尋ねると、猛は自分の涙を腕で拭いながら口を開いた。

「ありがとうな。颯太……。昔からの夢だったんだ。瞬間移動スキルを使って高層ビルの屋上に立つのが。三十年越しに叶ったよ」

「いえ、良かったです」

 はたから見れば四十代のおっさんが年甲斐もなく泣いているだけであったが、颯太には猛の気持ちが理解できた。

(自分の理想のスキルが出なかった苦しみは痛い程わかる……。俺のスキルで、喜ばせることができたならこんなに幸せなことはないな)


 しばらくした後、まだまだ残りたいという有希と猛を何とか飛鳥と颯太で「不法侵入だから」と説得して、四人はヴァルチャーに戻った。

 時計を見ると十一時半になっていたため、社長がウナギの出前を取ってくれ、四人は話しながら昼食を食べた。

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