第6話 能力開発②

 再び白湯でスキルをリセットした颯太が次に選んだのはジャスミンティーであった。


 颯太はキャップを外しおもむろに口を付けた。

人生の中でジャスミンティーを飲んだ回数が少なすぎて、前に飲んだのがいつだったか全く思い出せない颯太であったが、改めて飲んでみると、他のお茶にはない独特の花の香りが、とても爽やかでとてもおいしく感じた。


 お茶の成分が全身に広がっていく感覚と共に、颯太の緑色のオーラの中に桃色の結晶が浮かび始めた。

「おっ、また違う色の結晶が出たな。新しいスキルが出たようだな」

「すごいきれいですよ」

「ありがとうございます。では、やってみますね」


颯太は、スキルを発現した。

 

すると、とんでもないことが起こった。目の前に座っている二人の服がどんどん透けていったのだ。インナーを超え、下着も超え、その先へ。

 

 あまりに急な出来事に、颯太は呆然としてしまいスキルを解除することができなかった。しっかりと見てしまった。社会通念上、気軽に見てはいけないものを……。

 

 何が起こったのか、目の前で起きた現象に、自分の認識が追いつくと、颯太の顔は真っ赤に染まった。そして、「がんっ」という頭を地面にぶつける激しい音と共に高速で土下座をした。

(なんてことをしてしまったんだ。俺は……。人として最低だぞ。とにかく。謝るしかない)


 次々にこみ上げてくる罪悪感に押しつぶされそうになりながら。颯太は全身全霊で土下座をした。一方、突然土下座をして颯太を前に、二人の女性は目を丸くしている。


「どうしたんだ? 急に土下座なんてして」

「颯太さん?」

有希も飛鳥も無言で土下座を決めている颯太を尻目に困惑していた。


(どうする。正直に言って良いのか? それとも黙っていた方が良いのか? どうしよう。正直に言ったら会社を首にされるかもしれないな。黙っていようか……。でも、人として、罪を犯しておいてそのまま逃げるっていうのはだめだよな……)

 

 しばらくの間、心の中で葛藤を続けた颯太は、首を覚悟で正直に言うことにした。嘘や曲がったことが大嫌いな性格であった。


「大変申し訳ありません! ジャスミンティーを飲んだら、透視能力が発動しました。それで、その……。大変申し訳ありません!」

 颯太は全身全霊を込めて謝罪をした。


「えーーーーーー」

初めに叫んだのは飛鳥であった。服の上から自分の体の大事な部分を隠している。美しい顔を今は真っ赤に染めている。


「まじか。そんなスキルがあるのか? 聞いたことがないぞ。信じられん。」

逆に感心したようにつぶやいたのは有希であった。

「大変申し訳ありません」

颯太は必死になって謝っている。もちろんまだ、頭は床にこすりつけたままである。額にはひんやりと冷たい床の感触が伝わってきているはずだが、今は真剣過ぎて何も感じていなかった。


「……」


 颯太の謝罪の後には沈黙が広がっている。

 

 つい先月まで通っていた高校で様々な耐えがたい空気を経験してきてはいたが、ここまでのいたたまれない空気は初めてであった。まるで犯罪者が裁判の判決を待っているかのような気持ちを颯太は感じていた。


「本当に、透視能力なのか? 本当に透けたんだったら、あたしと飛鳥の下着の色を言ってみろ」

思ってもみない有希の反応であったが、颯太は意を決して口を開いた。


「はい。黒と、ピンクです」

 どっちがとはあえて言わなかった。言ってはだめなような気がした。

「合っているか」

有希は飛鳥に尋ねた。飛鳥は顔を真っ赤に染めながら小さくうなずいた。


「見えたのは下着までか?」

 続いてされた質問に颯太は一瞬考えたがやっぱり嘘はどうしてもつけなかった。


「…………申し訳ありません」

とつぶやいた。


「あっはっはっは。本当に見えてる。すごいな。」

颯太の言葉を聞くと有希は大声で笑い始めた。その陰で、小さく飛鳥が「最低……」とつぶやいた声も聞こえ、颯太の心は申し訳なさでいっぱいになった。


(はあ、終わった……。俺の社会人人生は今日一日で終わりだ。きっとこれから警察に突き出されて、刑務所でしばらく暮らすのだ。なんであの時すぐに能力を解除できなかったんだ……)


 颯太が自分の人生を嘆いていると有希が口を開いた。


「良かったな。こんな能力、聞いたことがないぞ。政府が存在を認めている百二十八種のスキルの中にも入っていない。超レアスキルだ。すごいぞ」

 有希は激怒する様子もなく、むしろ大興奮と言った様子で瞳を輝かせている。


「犯罪スキルじゃないですか。使っちゃだめですよ」

その横ではむすっとした様子で飛鳥がつぶやいた。いまだに手と腕で体の一部を隠している。颯太はまだ、地面に頭をつけている。


「飛鳥、もう子供じゃないんだから裸を見られたぐらいどうってことないだろ。許してやれよ」

ここでもまともな感覚をあまり持ち合わせていない有希であった。


「子供じゃないからダメなんじゃないですか! うーん……。でも……まあでも颯太さんがわざとやったとも思えないので今回だけは許してあげます」

いたって、常識的な感覚を持っている飛鳥は有希に反論しながらも颯太のことを許してくれるといった。その優しさに颯太は泣きそうになった。


「あの……。それじゃあ僕は警察に行かなくてもいいんですか?」

「あっはっは」

颯太のその言葉に有希はまた大笑いした。飛鳥も思ってもみなかった発現だったようで、わずかに口角が上がった。


「当たり前だよ。やっと手に入れた。金の卵を捨てるわけがないだろう」

「警察は大げさですよ。安心してください」


(飛鳥さん、なんて優しいだ。有希さんも……。俺は警察に行かなくても良いのか。良かった)


 金の卵という言葉には違和感を感じたが、二人の優しさに颯太は胸がいっぱいになった。

「よし、じゃあ、次のお茶に行くか?」

「まっ、待ってください。颯太さん。頭をあげる前にお湯を飲んでください」

有希が声をかけると慌てて飛鳥が口を挟んだ。


「わかりました」

颯太は、有希がすぐ横に置いてくれたティーカップに入ったお湯を頭をあげずに飲み干した。すると、自分のオーラか桃色の結晶は消え、スキルが解除された。

「別にいいじゃないか?見られて減るもんじゃないし」

と有希は言っていたが、


「お母さんは黙ってて」

と飛鳥は冷たく言い放った。どうやら親子であっても性格は真逆のようだと颯太は思った。でも今回ばかりは有希の無茶苦茶さに助けれてたなと感謝していた。


 何とか、クビと刑務所生活は免れた颯太であったが、飛鳥によって、ヴァルチャー内でのジャスミンティーの摂取を禁止された。颯太であった。この日から、しばらく、出勤してきた颯太に白湯を飲ませることが飛鳥の日課になった。


颯太のスキルはまた一つ増え、四種類になった。

緑茶       防御力四倍

ほうじ茶     透明化スキル

紅茶       炎属性スキル

ジャスミンティー 透視スキル


お茶による能力開発はまだまだ続けられていった。


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