第5話 能力開発①

 東京、八王子の北口から歩いて五分ほどの位置にある「能力者専門会社ヴァルチャー」

その応接スペースで颯太の能力開発は続いていた。

 

 ほうじ茶を飲んで透明スキルが発現した颯太は、喜びのあまり、涙を流しながら叫んでいた。しかし、しばらくすると冷静さを取り戻したのか、涙の後をぬぐってからソファーに座り直し、透明化スキルを解除した。

「すみません。取り乱しました」

 我を忘れて喜んでしまった恥ずかしさが今になってこみ上げてきた颯太は頭を下げた。


「いいさ。気持ちはわかる。嬉しいよな。スキルが使えるようになるのって」

「はい」

 

 冷静になったと言っても、颯太の顔はまだ興奮冷めやらない様子で上気していた。眼もとには確かに泣いた後が見えた。有希は、そんな颯太を暖かい目で見つめている。


 颯太にオファーを出した有希たちヴァルチャーの三人は、颯太の情報を全て把握していた。情報が学園側からすべて送られてきていたためである。


 エリート中のエリートが通う学園において、一人だけ、スキルが覚醒せず、企業からのオファーを受けられなかったこと。スキルが出たとしても世間的にはハズレスキルであったこと。


 それがどのような苦しみと惨めな時間をもたらしたか、普段、人の感情を読むのが苦手な有希にとっても楽に想像することができたのであろう。喜ぶ颯太を見て、心から祝福していた。


「そう言えば、君のスキルは自由に発動と解除ができるのか」

やがて、颯太の表情が落ち着いてくるのを確認すると有希は口を開いた。


「はい。お茶を飲んでから一時間以内であればスキルは自由に発動と解除ができます」

「ほお、一時間か」

「能力が出てからこの一か月間色々試してみました。お茶を飲んでからちょうど一時間でスキルは消えてしまいました」

「そうか、よく調べたな。自分のスキルを知ることは何よりも重要だからな。君の透明化のスキルについても詳しく調べたいが、まずは他のお茶を飲んで、どんなスキルが出るか試してみるほうが先だな。」

「そうですね」

「もう少ししたら、コンビニでいろいろな種類のお茶を買って飛鳥が戻ってくる。」

「わかりました」


(緑茶を飲んだら防御力四倍スキル……。ほうじ茶を飲んだら透明化スキル……。なんで今まで気付かなかったんだ。あの地獄のような苦しみはなんだったんだ。ほんと我ながら馬鹿だな。でも、緑茶以外のお茶で本当に能力が出た。お茶によって得られるスキルが異なるのは間違いない。一体どんな能力が出るんだ。お茶ってまだいろいろな種類があるよな……。頼む、なにかの間違いでもいいから。あと一つだけでもスキルが出てくれ)


 颯太の胸はいまだにずっと高鳴っていた。どうにかして興奮を抑えようと思っても、抑えることはできなかった。体はずっと震えていた。


「どうした?」

そんな颯太のようすに気付いたのか、有希が尋ねでくる。


「すみません。思い出してしまったら、また体の震えが止まらなくなってしまって……」

「私もだ。年甲斐もなくワクワクしてしまっている。全く何をしているんだ飛鳥は。早くしてくれ。私は待つのが嫌いなんだ」

よく見てみると、有希は右足を小刻みに動かしていた。いかにも待ちきれないという表情をしている。


「楽しみだな。君の能力」

「はい」

 飛鳥が会社を出て行ってからまだ十分ほどしか経っていなかったが、二人にとっては時間が止まっているのではないかと感じるほど、長い時間だった。


 しばらくすると飛鳥が帰ってきた。右手には白いビニール袋を持っている。走ってきたのか呼吸が乱れている。ほんのりと汗をかいている姿がとても色っぽかった。やっぱりきれいな人だなぁと颯太は改めて思う。


「あれ?お父さんは?」

「連絡がつかない。一応メールもしておいたが。きっとフィーバー中なんだろう」

「まったく」

 

 飛鳥はあきれたように深いため息をつくと、手にしていたビニール袋から五種類のお茶を取り出した。それは、ウーロン茶、麦茶、紅茶、玄米茶、ジャスミンティーであった。


「とりあえずこの五種類を買ってきたよ」

「ありがとうございます」

「なにから行くか?」

「そうですね」


 普段はコンビニや自販機で当たり前のように見かけるお茶が、今の三人の眼にはとても価値があるように見えた。


「紅茶から行きます」

「よし、飲んでみろ」

「颯太は紅茶のキャップを回して外すと口を付け、その赤色の液体を飲んでいった。


 爽やかさの中にわずかに感じる渋みがおいしかった。改めて飲んでみるとこんなにおいしかったのかと颯太は認識を改めた。


 三百五十ccのペットボトルに入った紅茶を半分ほど飲むと、颯太は先ほどの感覚が再度感じられた。全身に広がる心地よさから、スキルが覚醒したことを確信した。颯太が持つ、緑色のオーラの中には赤色の結晶が浮かび輝いている。


「行けそうです」

「よし、やってみろ」

「はい」


 颯太はスキルを発動した。すると、両手に熱が広がっていくのを感じた。そして、次の瞬間、両手から炎が噴き出し、勢いよく燃え盛った。それと同時に颯太の体は透明になり、颯太が立っていた場所には二つの炎だけが空中で燃えている。


 しかし、颯太自身からは、透明になっていても自分の体が見えるため、透明になっていることはわからなかった。


「すごい! 炎が出た。これってもしかして炎属性スキルか……。やったーーー―――」

颯太は、透明化スキルが現れた時と同じように大きな声で叫び、喜んだ。


「颯太、驚いているところ済まないが、いったん解除してくれ。お前、透明化スキルも一緒に発動してしまっているぞ」


 一方、颯太が出した炎には驚きながらも、透明化スキルにより、体が消え、何もないところで空中に浮かんでいる炎を見ていた有希はそのような声が上がった。炎が出た驚きより、目の前の映像の奇妙さの方に気を取られてしまっていた。


「えっ、本当ですか?」

「ああ」


颯太は慌ててスキルを解除した。


「炎属性能力だったな。颯太、やったな。汎用性が高いレアスキルだ」

颯太のスキルを目にした有希はそう口にした。


「良かったですね。知っているかもしれませんが、属性系スキルは人気が高いんですよ。少し、羨ましいです」

「ありがとうございます」

 二人に褒められて、颯太の心には大きな喜びが広がって行った。


「でもさっきの透明化がまだ残っていて、私たちには炎が二つ、空中に浮いているようにしか見えませんでした。スキルの使い分けってできないんですかね?」

「たぶんできると思うぞ。複数のスキルを持っている能力者はしっかり使いこなしているし。まだコントロールの仕方がつかめないだけだろ」

「はい。慣れればできると思います。まだ、僕の中でオンオフの調節がつかめていないので。今すぐは無理だと思いますが……」


 颯太は今、自分の中にスキルを発動させるスイッチが二つあるのを確かに感じていた。しかし、まだ感覚が曖昧なため、片方だけを発動させる自信は無かった。


「そうか。でも困ったな。今は、新しく出るスキルだけを見たいが」

さすがに毎回毎回透明になられたら心臓に悪いしスキルがわかりづらいと有希は考えたようであった。

「それなら、お湯をもらえませんか。僕も自分のスキルを使っていろいろ実験したんですけど、前にお湯を飲んだ時に、スキルが使えなくなったんです」

「なるほどな。お湯を飲むと一時間待たなくてもスキルが使えなくなるのか。おもしろいな。飛鳥!」

「はい」


 しばらくすると飛鳥がお湯を持ってきた。

 

 颯太がお湯を飲むと、スキルの輝きが颯太の周りから消えていった。次に颯太は再び、紅茶を飲み、スキルを発動させた。すると、今度は透明化スキルは発動されずに、炎だけが手のひらから燃え上がった。


「なるほど。これは良い。お湯でリセットできるのか」

「はい」

「この解除方法を白湯リセットと呼ぼう」

「良いですね」

白湯リセットという言葉の響きを颯太は気にいった気に入った。


美しい炎が、颯太の手の上で揺れている。

(すごいな……。ほんのりと暖かい。俺が炎属性スキルを使えるようになるなんて……。夢みたいだ)

 

 発現するスキルの中でも炎や氷、風や雷、土などの属性系スキルは希少であるのに加え、汎用性が高いため、皆の憧れのスキルであった。そのスキルを自分が使えることになったことに颯太は改めて感動していた。しかも、


(まだ、全然オーラを使っていないのに結構、炎の勢いが強いな。本気でやったらどれくらいすごいんだろう)


手の上で激しく燃え盛る様子から考えて、かなりレベルが高そうなスキルであったため。颯太の胸は期待で膨らんだ。


これで颯太のスキルは


緑茶   防御力四倍

ほうじ茶 透明化スキル

紅茶   炎属性スキル


の3種類となった。


「よし、このスキルについても細かい能力について調べるのはまたにして次に行こう」

 

 目の前で次々に新しい能力が現れることに有希と飛鳥もワクワクしている様子で瞳を輝かせている。有希たちからしても、四百万円以上の資金をかけて手に入れた人材が、他のスキルを秘めていたとなると、その価値が跳ね上がるため重要なことであった。

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