第4話 それでも前へ
颯太はとぼとぼと校内を歩いていき、自分のクラスである三年A組に入った。教室の中はホームルーム前であったため、クラスメイト達は机の上に腰かけて話したり、黒板の前の段差になっているところに集まったりしていた。
「颯太、どうしたの? 顔色悪いけど」
颯太の様子がおかしいことに気付いた「如月みづき」が心配そうに声をかけてきた。黒髪のボブヘアが良く似合う少女はわずかに切れ長の目をしている。かわいらしいというより美人というほうが適切な少女であった。颯太が入学してから最初に声をかけてから懇意にしている親友の一人であった。颯太が苦しんでいることを誰よりも気にかけ心配していた。
「ああ、みづき……。実は……、スキルが発現したんだ」
「ええ! スキルが出たの? やったじゃない!」
みづきは颯太の言葉を聞くと、大声で叫びながらクラスメイトが周りにいるのも気にせずに颯太を思いきり抱き締めた。
みづきの声を聞いてすぐにクラスメイト達も集まってきて口々に口を開いた。
「スキルが出たのか!やったな颯太!」
「ああ! おめでとう!」
「絶対にいつか覚醒するって思ってたぜ!」
クラスメイト達はそろって颯太のことを祝福してくれた。
「それで、どんなスキルだったんだ?」
クラスメイトの一人で親友の久遠寺大河が尋ねた。大河は百七十センチメートルの颯太よりもやや背が高い、茶髪のセンターわけの髪形がとても似合っている。整った容姿と、学年二位の実力から学園の後輩や世間の人々からも人気が集まっている青年であった。
「その……防御力四倍強化だった」
颯太の声を聞いて、一瞬教室は静寂が包まれた。しかし、その後、親友である大河が
「良いスキルじゃないか。お前のオーラと組み合わせればかなり強力だろ」
と言ってくれたのをきっかけに、他のクラスメイト達も
「ああ、いい能力だ。四倍ってかなり強いぞ。」
とか、
「その能力なら、こちらから連絡すればオファーが来るんじゃないか?」
とか口々にスキルを褒めてくれた。
しかし、みな心の中では別のことを思っていた。
(かわいそうに)
(完全にはずれスキルだ)
(こんなに待たせてこのスキルかよ。一体颯太が何をしたっていうんだ)
と、颯太のことを憐れんでいた。
それもそのはずである。
クラスメイトであり、学年で三位の成績を誇る魔切京助のスキルは身体能力強化四倍であった。防御力だけでなく、攻撃力もスピードも同じく四倍強化できるスキルを魔切は持っていた。しかも、剣士という特性にぴったりな「斬撃強化」というスキルも魔切は有していた。
完全に颯太の上位互換であった。
しかし、クラスメイト達はそのことには一切触れず、颯太のスキルをひたすらに褒めてくれたそれも極めて自然な形で。
颯太はその様子をみて、本当にいい仲間に恵まれたなと感じると共に、心はどこまでも沈んでいった。
その日の午後、颯太は、気持ちを切り替えるために自分の限界まで体を追い込むたえに訓練室に来たのである。二十三時まで九時間ほど休まず訓練を続けた。
しかし、それでも一向に心は晴れず、ついに感情が爆発してしまったのである。一時間前に心配して様子を見に来てくれた大河とみづきも、必死に体を動かし続ける颯太には声をかけることはできなかった。
ついに体の限界を迎えた颯太は壁に背中を着くとそのまま座り込んだのあった。
一通り、涙を流し、精魂も尽き果てたのか、呆然と座り込んでいると。訓練室の扉がギイっと音を立て開いた。そして一人の青年が入ってきた。
「さすがだな。まだやっているのか」
学園史上最高の契約金を勝ち取った神野迅であった。百八十センチメートルの身長に、鍛え抜かれた筋肉の存在がシャツの上からでもわかる大柄な青年であった。寡黙であまり社交的ではないためクラスメイトとはそこまで打ち解けてはいない孤高の存在であった。しかし、颯太とはたまに訓練室で出会うため、割と話す仲であった。学園始まって以来の天才と、異例中の異例ともいうべき圧倒的な落ちこぼれの二人は壁を背に並んで座っている。
「迅」
神野はすたすたと歩いてきて颯太の横に颯太と同じ体勢で腰かけた。
「スキルが出たらしいな」
「ああ。最悪だったよ」
「防御力四倍か。確かにあまりよくはないな。使いどころによっては使えるだろうが」
他のクラスメイトとはことなり、はっきり思ったことを言ってくる迅の言葉が今の颯太にはむしろありがたかった。
「まったく。勘弁してほしいよ。スキルが出なくても、企業からのオファーが来なくても腐らずにやってきたんだけどさ。今回ばかりは参ったよ」
「……」
迅は何も言わずに聞いている。
「こんなことならここに入学しなければ良かったよ」
颯太は心の底から思いのたけを口にした。
「颯太。スキルはごくまれに後天的にも現れることがあるみたいだぞ。あきらめるのはまだ早いんじゃないか」
「それって〇・一パーセント以下の確率だろ?無理に決まってるよ」
颯太の言葉に迅は黙ってしまった。
しばらくして、迅は口を開いた。
「結局三年間、毎日訓練室に通い詰めたのは俺とお前だけだったな」
「そうだね。一年生の頃は結構みんな来ていたけど、だんだん減っていったね」
「なあ颯太。お前は根性がある。あきらめずにもがいていけよ。ここまでも十分もがいてきたと思うが。さらに」
「迅……」
普段、周りの人には関心を示さず無口な迅がここまで話してくれているためか、迅の言葉は不思議と颯太の心に届いてきた。
「俺は信じているんだ。報われない努力なんてあるはずがないと」
迅は極めて真剣な顔をしている。
「お前の三年間の努力は必ずいつか花開く。時間はかかるかもしれないが必ず。だから、もがくのをやめるな」
「……」
誰よりも自分に厳しく、努力を重ねてきた迅の言葉は颯太の心の奥深くに不思議と浸透していった。
「ありがとう。そうだよな。まだまだ努力が足りていないかもしれないよな。スキルだって、確率は低くてもまだ出る可能性だってあるんだし。わかったよ。もう少し頑張ってみる」
颯太の瞳に確かな光が灯ったのを確認した迅は、わずかに微笑むと立ち上がりながら言った。
「ああ。それじゃあ、邪魔したな」
颯太の返事を聞くと迅は立ち上がりすたすたと歩き始め、訓練室の扉を開けた。
出ていこうとする迅に颯太は慌てて声をかけた。
「迅、ありがとな」
迅は、振り向きもせず右手だけを軽く上げると出て行った。
なにも状況が変わったわけではないが、不思議と颯太の心は軽くなっていた。そして再び挑戦していこうとする熱い気概も自分の中からふつふつと湧いてくるのを感じていた。
俺のことを認めてくれた。学年トップのあいつが。今、世間でも一番注目されているほどの男が。口下手のあいつがわざわざこの時間に話しかけてまで励ましてくれた。ありがとう。迅。まだ俺はあきらめないぞ。
颯太は再び訓練を始めた。その顔にはもう失意の色は浮かんでいなかった。
この日以降、颯太はもう落ち込まなかった。再び不屈の闘志を取り戻し、今できることに全力で挑戦していった。
教師のコネを使い、何とか一つの企業からオファーを受けることができた。
能力者専門会社ヴァルチャー
聞いたこともない会社であったが颯太はこの会社で挑戦していくことを決めた。
学園契約金三百六十万、個人契約金八〇万と、異例ともいえる低額の契約であったが。颯太はもうそんなことは気にしなかった。
(俺は、やるぞ。俺のことを選んでくれた会社のために。応援してくれている仲間のために。全力で頑張って見せる!)
三月二十四日。金曜日。
颯太は悔しさと涙が染みこんだ学園を笑顔で卒業した。
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