第3話 エリートの中の落ちこぼれ

 世界中にダンジョンが出現したのと同時に特殊な力を持つ人間が現れるようになったのは三十年前の二〇〇一年の八月であった。

 千人に一人の割合で覚醒するオーラとスキルを使用できる人間を日本政府は能力者と名付けた。


 人智を超えた力と、様々なアイテムや新種の生物たちが生息するダンジョンの存在に初めは胸をときめかせた人類であったが、年がたつにつれて件数を増す能力者による犯罪や、ダンジョン内で何回も発生した大量死事故に日本政府は頭を悩ませるようになった。

 

 それらの問題に対処するため日本政府や民間の企業によって次々に設立されていったのが、能力者専門企業、通称「能企」であった。能力者の力を自らの会社の発展のために使うようになった会社はどんどん発展していった。

 

 能力者が現れてから三十年が経った、今では、著名な能企に入り活躍することが最も高いステータスを得ることができる方法とされていた。

 

 千人に一人という確率でオーラを覚醒できた者はこぞって能企に就職することを目指した。


 そんな日本の世相を反映し十年前の2025年に、設立されたのが国立能力者育成学園であった。


 この学園は主に、凶悪化する能力者犯罪の撲滅やダンジョン探査を進める人材を育成することを目的としている。


 日本全国から優れた能力者になり、能企に就職することを夢見て、オーラを有する多くの者が受験してきたが、ほんの一握りの者しか合格することができない超難関であった。


 東京と大阪の二か所にのみ設立された国立能力者育成学園は一学年の定員が三十名と極めて少数ではあるが、この学校に入学できたものは輝かしい未来が約束される。三年生の三学期に著名な企業からオファーを受けることができるのだ。

 颯太もそんな輝かしい未来を夢見て入学してきた一人であった。

                ♢      ♢

 

 今から約一か月前の三月二日、颯太は一人、高校の訓練室で壁を背に座り込んでいた。その顔には人生の絶望の全てをはらんだような苦悶の表情を浮かべている。両手で顔を抑えていたが、溢れる涙をどうすることもできなかった。

(どうして俺だけいつもだめなんだ。どうして……)

颯太の心は深い闇の底へ沈んでいた。

 

 ここは国立能力者育成学園の四階にある訓練室Bである。部屋には畳が敷かれており、丁度柔道場のような部屋であった。この学園に通う生徒たちはいつでも自由にこの訓練室を使用することができた。今は夜中の二十三時である。

 

 高校二年生に進級してからの約二年間、いや正確にはもっと前からではあるが、颯太はずっとあることが原因で悩んできた。

 

 颯太はスキルが覚醒しなかったのである。


 通常は十六歳になるまで、遅くとも高校一年生の三学期ごろには覚醒するスキルがいつになっても覚醒しなかった。高校二年生になっても。三年生になっても。三年生の三学期を迎えても……。

 

 二年生になり、周りの仲間たちが様々なスキルを駆使し、戦闘訓練や他校との対抗戦などで華々しい活躍を続けるのを尻目に、颯太はただ指を咥えて見ていることしかできなかった。

 

 抑えきれない程のコンプレックスの中で何とか自身を励まし続け、自我を保ち、この訓練室で寝る間を惜しんでトレーニングを積んできた。そのかいがあってオーラだけは学年トップクラスまで高めることができたが、華々しいスキルを得た仲間たちに比べ颯太の力はあまりにも矮小であった。

 

 そんな颯太に対して、周りの仲間たちが皆暖かい姿勢で見守ってくれているのが唯一の救いであった。さすが日本全国から集まり、厳しい適性検査を突破することができた生徒たちであり、人間性も優れていた。そのため颯太を馬鹿にしてくる者は一人もいなかった。


 しかし、そんな仲間たちの励ましや、声かけも颯太にとって苦しく感じてしまうときもあった。


 二か月前の一月初旬に、就職市場が解禁されてからは、より一層颯太の悩みは深くなっていった。クラスの中でただ一人だけ、スキルを持たず、高校三年間で何も実績をあげられなかった颯太を尻目に、クラスメイト達は次々に高額のオファーを出受け契約が決まっていった。

 

 切磋琢磨してきた仲間たちが次々に結果を出していくこと自体は颯太も誇らしく、喜ばしく思っていたが、自分と比較するともう精神がつぶれそうなほどのダメージが打ち寄せてきた。

 

 学年の首席である神野迅は、就職市場が解禁された初日に、能力者業界のトップ企業である「クレセド」に学園への契約金十九億八千万円、個人契約金、五億円で就職が決まった。

 その契約金が、歴代最高額であったことから全てのメディアが一斉に報じた。神野は一躍時の人となった。

 

 また、学年の次席であり、颯太の親友でもある久遠寺大河はその強力な氷属性スキルを評価され同じく能力者業界のトップ企業「レべカ」から学園支払金七億六千四百万円、個人契約金二億で就職が決まった。

 

 他にも学年のナンバー三の成績で身体能力強化四倍のスキルを持つ「魔切京助」は学園支払金五億九千万、個人契約金一億七千万の契約を勝ち取ったし、

 

 未来視のスキルを持つ「陣馬なぎさ」は学園支払金三億二千万円、個人契約金一億千万円で契約が決まるなど、颯太のクラスメイト達は次々に華々しい結果を出していった。


 就活市場が閉じる二月末までに颯太以外の全員が素晴らしい契約を結んでいった。三十人いる内の二十三人が一億以上の契約を勝ち取っていた。教員たちからは黄金世代だという声も出るほど優れた生徒がそろっていた。


 そんな中、颯太はというと、どの会社からもオファーが来なかった。

 

 それは、オーラしか使えないものは社会では必要とされていなかったからであった。国立能力者育成学園の生徒ではなくてもスキルを覚醒する能力者はいくらでもいるからだ。


 就職活動の時期になるとさすがに颯太の様子を憐れんでか、クラスメイト達は下手に励ましたりもできなかった。颯太が教室に入ってくると、就職に関する輝かしい話題を自然に変えるなどして、颯太のことを気遣ってくれる者たちばかりであった。


 颯太には仲間に気を使わせていることが申し訳なくてならなかった。いっそのことみんなで笑ってくれた方がずっと楽になると思うほど、みんなの優しさが痛かった。


 そして、二日前の二月二八日、二か月間続いた就職市場もついに終わりを迎えてしまった。

 

 しかし、そんな颯太にも今朝、待ちに待った瞬間がついに訪れたのだ


 朝、目覚めると颯太は自身のオーラに異変を感じた。展開したオーラの中に輝く結晶のようなものが浮かんでいるのに気付いたのである。

 この現象は「オーラの結晶化」と言いこの状態になるとスキルが覚醒し使用できるようになるとされていた。

 

 驚いた颯太は、急いで学園の研究室を訪れ、そこのいた教員に特殊な機械を使ってもらい、自身のスキルを調べてもらった。


判明した能力名は「お茶を飲むとスキルが発動する」というものであった。


 颯太は急いで緑茶を飲み、スキルを発動させると、そのスキルがどういうものかまた特殊な機械を使い調べてもらった。

 

機械が出した紙にはこう書かれていた。

「防御力強化四倍」

その文字を読んだ颯太は地面にひざまずいた。


(こんなに待たせて。やっと発動したと思ったら、ただの防御力強化スキルか。魔切のような身体能力全体強化でもない……。このスキルは、どう考えても……)


颯太はうなだれながらクラスに向かって歩いていった。

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