第2話 勘違いしていた能力

 颯太が自分の未来を真剣に不安視し始めたとき、一人の女性が応接の間に入ってきた。


 年は颯太よりもわずかばかり上に見える。茶色い髪をポニーテールにくくっている。大きな瞳が印象的な美しい女性であった。グレーのスーツがとても似合ってる。颯太は一瞬でその女性に眼を奪われた。


「初めまして。有馬飛鳥と言います。よろしくね」

 飛鳥と名乗った女性は上品な微笑みを颯太に向けた。そのかわいらしい表情に颯太は胸が高まった。


「不破颯太です。よろしくお願いします」

颯太は慌てて頭を下げた。


(まじか。こんなきれいな人がいるんだ……)

飛鳥を見た瞬間、さっきまで抱いていた会社に対する不安が一気に吹き飛んでいくのを颯太は感じた。

(とりあえず、今日退職するのはやめよう……)

動機が不純なことはわかっているが、颯太がそう考えてしまうほど飛鳥は可愛かった。


「飛鳥は私と猛の娘なんだ。よろしく頼むよ。事務仕事を主に担当しているが、現場仕事もこなすぞ。まあ君の先輩だな」


 (社長と副社長の娘? 失礼だけど似てないな……)

颯太は飛鳥のあまりの美貌にまだ見とれていた。


「先輩と言っても三年だけだけどね。あまり気を使わないで声をかけてね! わからないことがあったらなんでも教えてあげるからね」

「ありがとうございます!」

飛鳥は穏やかな笑みを浮かべている。笑った顔も素敵で、颯太の心臓は勝手に鼓動を速めてしまう。


 飛鳥は美人特有の気の強さも感じられないくらい気さくで優しい雰囲気を醸し出しており、颯太から見て、ものすごく好印象だった。

(良かった! 凄くいい人だ! 少なくてもサイコパスには見えないし)

 颯太にとって先ほどの有希の印象があまりにも強くて、もしかしたらこの人も……。と、心配していたのだがその心配は杞憂に終わった。


「颯太君って国立能力者育成学園の第一校の方なんだよね?」

飛鳥は、その大きくキラキラ輝く瞳を颯太にまっすぐに向けて話しかけてくる。

「はい、第一校です」

颯太はその瞳をまっすぐに見つめ返すことができない。飛鳥の顔があまりに美しすぎて直視するのも申し訳なく感じてしまうほどだった。颯太は、有希の方を向きながら答えた。

「私も第一校出身なんだ。今二十一歳。颯太君とは三年歳が離れているから時期は被ってはいなかったけどね」


 颯太の母校、国立能力者育成学園は東京と京都に二校設けられていた。東京の方を第一校、京都の方を第二高と名付けられていた。


「母校の後輩でもあるからさ。本当に気軽になんでも言ってきてね」

優しく微笑む飛鳥の顔を見て颯太の頭から今日退職しようという考えは完全にどこかへ行ってしまった。


 (まじで天使だ! うん! これならやれる! 俺のスキルさえあれば、ダイナマイトの一本や二本ぐらいどうってことないさ。早く仕事がしたくなってきたぞ!!ヴァルチャーの爆弾魔って言われるぐらい頑張ってみるか!!)

 

 颯太は基本的に真面目な性格であったが、単純な性格でもあった。飛鳥を見て、颯太の頭の中からは、このどう考えてもブラック企業でしかない会社への不安はなくなってしまった。


 ちょっとお茶入れて来る。と言って飛鳥が席を離れると再び有希と二人きりになった。有希は颯太の方を方を向くと、何かを思い出したかのように口を開いた。


「ところで颯太。お前、緑茶じゃないとスキルは発動しないのか?」

「えっ」

「だって緑茶以外にもお茶はあるだろ?」

「いや、緑茶しか試していません。うち、実家がお茶農家で茶葉を育てているんですよね。それで沢山送られてくるのが緑茶なのでそれしか飲んでいません。でもたぶん緑茶じゃないと効果は出ないんじゃないですか? お茶と言えば緑茶ですし」

「いやいや、待て待て。そうとも限らないだろ。お茶っていっぱい種類があるんだぞ?」

有希はそれを見て、焦ったように口にする。

「そうなんですか? お茶と言えば緑茶だと、両親からずっと言われてきたので、他のお茶は考えもしませんでした……」


 颯太のとぼけた顔を見た瞬間、有希の心にはある可能性が浮かんできた。半信半疑であったが、有希は試してみることにした。


「飛鳥ー! 聞こえるかぁー?」

有希はどこかへ向かって急に叫びだした。その声の大きさに颯太はびくっとした。


「聞こえるよ?わ どうしたの?」

颯太の後ろの方から飛鳥の声が返ってきた。


「今給湯室か?」

「そうだよー」

「なに煎れた?」

「なにって、普通に緑茶だよー」

「済まないが。緑茶はやめてくれ!確か戸棚の奥にほうじ茶があっただろ。そっちにしてくれ!」

「えー、もう入れちゃったのに」

「頼む」

「わかったー」

 そんな会話が繰り返され、しばらくすると颯太の目の飛鳥がほうじ茶を出してくれた。飛鳥はそのまま有希の隣に腰を掛けた。


 褐色の液体から立ち上る白い煙は何とも言えない香ばしい香りを運んでくる。普段ほうじ茶など飲むことがない颯太にとっては新鮮な香りであった。


「まぁ、とりあえず飲んでみろ」

「わかりました」


 有希に言われて颯太は花柄のティーカップを持ち上げて口を付けた。少し熱かったが颯太は猫舌ではないためゆっくりと飲み干していった。

 飲み干した瞬間、颯太は自分の体が何かいつもと違うことを感じ取った。言葉ではうまく表現できないが、緑茶の時とは明らかに違う。


(なんだろう。全身に広がるこの感覚……。心地いいものが全身にゆっくりと広がっていくこの感じ。なんだか幸せな気持ちだ……)

それは…緑茶を飲み、初めてスキルが発動したときと同じ感覚だった。


「どうだ?なにか違うか?」

「大丈夫?」

有希も飛鳥も興味津々な様子で颯太の様子を見守っている。


「はい!なんかいつもと違う感覚です」

「そうか。じゃあ。そのまま、いつものようにスキルを使ってみろ」

「わかりました」

スキルを使うのは簡単だ。全身の筋肉にギュッって力を入れればいい。颯太はいつもと同じようにスキルを発動させた。


「なっ?」

「ええっ?」

 颯太がスキルを発動させた瞬間、目の前の二人から大きな叫び声が上がり、颯太はその声にびっくりした。ビクッとなった颯太の足がソファーの前のローテーブルに当たり、颯太は右足のすねを痛めた。


「驚かさないでくださいよ!」

「颯太、お前……」

「颯太君!!」


 しかし、ぶつけたすねを痛そうに触っている颯太の姿が二人の瞳には映っていないようであった。二人の焦点が合っていないのが見てわかった。キョロキョロ辺りを見回している。


「えっ?」

颯太は思わず声を発した。


「そこにいるのか……?」

 有希と飛鳥は怪訝そうな目をしながらこちらを見つめている。心なしか視点が定まっておらず、目が泳いでるように思えた。


「いますけど。どういう意味ですか?」

目の前できょろきょろしている親子を見ながら不思議そうに颯太は尋ねた。


「颯太……。お前、透明になってるぞ!」

「えっ?」

「本当だよ! 私たちからはどこにも見えないよ!」

 初めは有希が自分をからかっているのだと思ったが、飛鳥の真剣な声を聞いて颯太はやっと理解した。


「嘘だろ? 俺、透明になってるのか?」

あまりの出来事に敬語も忘れ、颯太は口にする。


「間違いない! 透明になってる! 颯太! 君は、ほうじ茶を飲むと透明になるスキルが出るんだ」

「うぉーーまじか!!防御力強化だけじゃなかったんだ!! うおおおおーーー! やったぁぁーー」

颯太は目の前に有希と飛鳥がいるのも忘れ叫び声をあげた。


「おいっ! 颯太。落ち着け! そんな大きな声を出されるのは見えない側からすると結構怖いぞ」

 有希はあまりに大きな颯太の声に耳を塞いでいる。


「すみません」

颯太は二人が目の前にいるのを思い出し、ソファーに腰かけた。まだ心臓はドクンドクンと激しく高鳴っていた。


「座ったのか?」

「はい。すみません。ちょっと興奮してしまいました」

「そうか。颯太。これは大変なことだぞ。よく聞け」

「はい」


 急に声色低くし、真剣なトーンでそう口にした有希の顔を見て颯太は驚いた。

有希は、颯太、異常に顔を赤くし、何やら小さく震えている。その緊張感がある顔を見て、颯太の鼓動はさらに速くなった。


「颯太。君の能力は防御力強化四倍と、透明スキルだけではない」

 そのもったいぶった言い方に、ごくりと颯太は唾を飲み込む。


「間違いない! 君のスキルはお茶の種類の数だけある!」

「……」

「うおぉぉーーー!!」

 有希の声の後一瞬、と静寂が広がったが、言葉の意味を理解すると、颯太は再び立ち上がり大声で叫んだ。先ほどとは比べ物にならないほど大きさの声で。

 

目から大粒の涙が流れる中、颯太はこれまでのつらい思い出を思い出していた。

 

 有希は急いで社長に電話をし、飛鳥は颯太が喜び立ち上がったときにぶつかった衝撃でこぼれたほうじ茶を拭いていたが。その様子を颯太は知る由もなかった。

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