ハズレ能力のせいで進路を絶たれた俺は仕方がなくブラック企業に就職したが、イカれた女上司に開発され真の力を解放し、いつの間にか能力者業界を無双していた。  

彼方

第1話 初出勤とサイコパス

「では、次に能力を見せてもらってもいいか?」

「わかりました」

 様々な筋トレ機材が置かれたトレーニングルームには三人の人間が立っていた。

 

 一人は、先ほど、ここ「能力者専門会社ヴァルチャー」に初出勤を果たした十八歳の新入社員、不破颯(そう)太(た)である。その体は平均的な顔に平均的な身長、平均的な体格と、何から何までごく普通の青年であった。ただ、やる気に満ちているのか瞳は輝いており、声にも勢いがある。

 

 その横でバインダーとペンを手に佇んでいる女性は有馬有希といい、ここの会社の副社長である。年は四十歳ぐらいに颯太には見えた。白衣を身に纏い、いかにも化学者と言った格好をしている。紙はお団子頭をしており、顔には眼鏡を付けている。部屋の中心に立つ颯太を興味津々だという顔で見つめている。

 

 もう一人は、同じく四十前後に見える男で、この会社の社長「有馬猛」であった。寝癖なのか、ぼさぼさの髪を左手でかきながらあくびをして、けだるそうに立っている。小さな会社とはいえ、仮にも会社の社長だというのに上下黒のジャージを着ていた。今から二〇分前、初めて社長の姿を見たときに、

(おいおい、大丈夫なのか、この会社?) 

と思った颯太であったが、見た目で判断するのはよくないと自分に言い聞かせていた。


 今、社長の右手には拳銃が握られている


 副社長の有希と社長の猛の前で、颯太は背中に背負っていた黒いリュックの中から水筒を取り出した。ゴクゴクと二、三口飲むと、ふたを閉じ、水筒をしまった。

 

 よし。やるか。

 

 颯太は心の中でそうつぶやくと体の中からオーラを放出した。緑色のオーラが颯太の全身から現れ、すぐに体全体を覆った。


 オーラ――それは千人に一人の確率で持って生まれる力である。その量によって人間の身体能力を底上げすることができる貴重な力である。


 次に、颯太は自身がもつたった一つのスキルを発動した。見た目はなんの変化が起こらなかったが、颯太の体はこれで尋常の人間とは異なる状態になった。


「大丈夫です」

「よし! 猛、やれ」

 颯太の声を聞いた有希は合図を出した。その合図とともに、猛は拳銃を構え、颯太の胸に向かって。

「ダァン」「ダァン」「ダァン」

と三発弾丸を放った。

 

 すると颯太の胸に当たった弾丸はつぶれ真下に落ちていった。地面に当たると甲高い金属音を室内に響かせた。

 颯太は至近距離から拳銃で撃たれたにも関わらず涼しい顔をしている。


「どうだ?」

 颯太のその様子を見てにやりと微笑みながら有希は尋ねてくる。

「全然大丈夫です。これぐらいならば、まだ」

事実、颯太は少しの痛みも感じてはいない。


「よし、次だ! 猛!」

「はいよ」


 猛は拳銃を懐にしまうと、足元に置いてあったライフルを持ち上げて構える。

「いいか?」

「大丈夫です」


 三mも離れていない至近距離から自分に向けられるライフルをみて若干の緊張はあったが、深呼吸をして心を落ち着けると颯太は答えた。


次の瞬間、


 「ダァン」


という激しい音と共に発射された弾丸は颯太のみぞおちに当たった。颯太の身体は弾の衝撃でわずかにのけぞった。


「いてっ」

 思っていたよりも強い衝撃につい口から声が漏れてしまった。


「「大丈夫か?」」

 その様子を見て慌てて二人が駆け寄ってくる。そして、心配そうな顔を颯太に向けてきた。


「大丈夫です。でもちょっとだけ痛かったです」

「そうか。良かった、その、悪いが傷口を見せてくれないか?」 


 颯太の声を聞いて安心したのか有希はほっとした表情を浮かべた。

 颯太は、ワイシャツを脱ぎ、中のシャツを上にまくり上げると。弾が当たった辺りを二人に見せた。有希と猛がまじまじと見ると、鳩尾のあたりがわずかに赤くなっていた。


「すごいな! 思ったよりも強力なスキルだ。君は戦力になるぞ!」

 颯太の体を見た有希は興奮したように言った。


「ああ。これは使えるな!」

 社長もそれに同意した。


「ありがとうございます」

 颯太は深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。

(良かった。なんとか期待に応えられたみたいだ……)


 颯太のスキルは「お茶を飲むとスキルが発動する」いうものであった。緑茶を飲んだ颯太は四倍の防御力を得ることができる。颯太が体内に秘めている四十四万のオーラと併用すると通常時よりも、十七・六倍まで防御力を高めることができる。防御力だけで見れば優秀なスキルであった。高校の同期たちに比べたら最底辺の力ではあったが……。

 

「お疲れ様! いやー、思ったよりも良い契約だったよ。君に来てもらえて良かった。改めてよろしく頼むよ」

「ありがとうございます。」


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 二時間後、颯太と有希は応接の間でソファーに座っていた。二人の間には茶色のローテーブルが置かれている。

 

 あの後、二時間ほど時間をかけて颯太の身体能力や健康状態などを全て検査した有希は検査結果が書かれた書類を見ながら満足そうにしている。


「あの、社長はどちらに行ったのですか?」

 いつの間にか姿を消していた猛のことが気になり、ふと颯太は尋ねた。


「ああ、あいつのことは気にしなくていい。いつものギャンブルだ」

「ギャンブルですか?」

「ああ、昔から病的でな。なに。あいつがいなくても業務にはなんの支障も出ないから安心してくれ」

普段からこうなのか、有希は妙にあっさりとしている。しかし、それを聞いた颯太は落ち着いてはいられない、先ほど押し殺した不安が再びこみ上げてきてしまう。


(……大丈夫か?この会社。平日の昼からギャンブルに行く社長? 聞いたことないぞ! 俺が知らないだけで社会ではこれが普通なのか?)

 颯太は一瞬考えこんでしまったが、有希の声で現実に引き戻される。


「でもすまないな。八十万しか契約金をあげられなくて」

 契約金とは就職の際に生徒が受け取るお金のことである。颯太たちが通っている国立能力者育成学園では就職活動は生徒が企業にオファーを出すのではなく、企業が生徒に対してオファーを出すシステムであった。ちょうどプロ野球のドラフトシステムのようなものであった。颯太は学園への契約金三百六十万円と自身が受け取る契約金八十万円でヴァルチャーと契約を交わしていた。


「いえ、契約金をもらえただけでありがたいです」

 実は、颯太はエリート中のエリートしか通うことができない特殊な学園の中で異例中の異例と言われるほどの落ちこぼれでだった。一か月前にやっと覚醒したスキルだって、高校の同期たちに比べれば取るに足らない「はずれスキル」ともいうべきものであった。防御力だけが高くてもあまり役に立たないというのは、能力者たちの業界では常識だったからだ。


 しばらく有希との会話を続けた後に、颯太は一週間前に内定をもらってからずっと気になっていたこと尋ねた。

「あの? どうして僕を取ってくれたんですか? 他の会社からは全く見向きもされなかったので……」


「そうだな……!理由は二つある。一つは安く手に入る人材だったことだ」

「はあ」

 颯太はあまりに現実的な答えを聞き、少し落ち込んだ。もっと、「君じゃなきゃダメだった!」「うちが求める理想の人材だったんだ」みたいな言葉を聞きたかったのだが、その希望は叶わなかった。


「あと一つはこれだ?」

 有希が紙袋から取り出したものを見て颯太は目を丸くした。

 

 それはダイナマイトだった。赤い筒から黒い導線が飛び出て垂れている。まごうことなきダイナマイト。


「えっ、なんですかそれ?」

「ダイナマイトだ」

「……」

 颯太は言葉を失った。


(どういうことなんだ? 意味がわからない。もしかしてこの人頭がやばい感じの人なのか?いや、でも顔は自信満々だしな……)


 そんなようなことを考えている颯太を尻目に有希はいたって冷静にしゃべり始めた。

「君にはダイナマイトを武器として使ってもらう。これを身に纏いながら、敵に突っ込んでいくんだ。そうすれば確実に相手を爆破することができる。そして君は先程の能力を使うから安全。なっ! すごい作戦だろ? 学校側から送られてきた君のスキルの情報を見たとき思いついたんだ! その時私は自分の頭の良さに震えたよ」

 自分のアイデアを語りながら有希の表情はとても嬉しそうだ。しかし、目が多少イっちゃっているように颯太には見える。


「えっ? 僕の能力をそうやって使うんですか?」

 颯太は自分のスキルの想定外の使い道に思わず聞き返してしまう。


「ああ。私の計算によればこのサイズのダイナマイトであれば君は無傷でいられる。防具を付ければなおさらな」

 自信満々にしている有希は口元に怪しい笑みを浮かべている。それを見て、颯太はゾッとした。


(やばい! この人……。完全にイカれてる。っていうかサイコパス? 人間にダイナマイトを持たせて敵と共に吹き飛ばす? 昔あったどこかの国のテロ組織と同じ発想じゃないか! まともじゃない……。大丈夫なのか、この会社。社長はギャンブル狂いだし。ジャージだったし。ここまで不安要素しかないぞ!)

 

 颯太の心臓は鼓動を速めていた。ついさっきまで自分の能力を認められて嬉しがっていたのが嘘のように今の状況に焦っていた。

 

(俺を採用してくれたことは本当に感謝している。だけど、この会社。よく見ると、机も椅子も棚もボロボロだし、さっきのトレーニング室も使い古された機械ばっかりだったな。なんかやばい会社の匂いがプンプンする……。俺はやっていけるんだろうか)

 入社初日にして颯太の心には不安が溢れていく。


「どうした? 大丈夫か?」

 颯太が黙ってしまったのを見て有希が声をかけてきたが、その表情はきょとんとしている。颯太が考えていることに何も気づいていない様子だ。


(やばい、この人本物だ……まじで! 自分のおかしさに気付いていないんだ。どうしよう……)


 颯太の心は社会人一日目にして急激に暗雲に覆われていった。

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