実戦

 ミルとの訓練を再開し、ミルが十体の人型を倒したあたりで違和感に気づく。

 私の夢の中から人がかなりの数減っていた。訓練再開前は五百人はいたが今は数十人くらいだった。私が見ている前でもどんどんと減っていく。寒さに耐えくれなくなったという雰囲気ではなかった。

「どうかされたのですか?」

 現実の世界のミルが訊いてきた。

「夢の中から人が減っていっているわ。もう十数人くらいしかいないわ」

「そんなにですか? それは……現実で何かあったのかもしれません」

 私とミルは訓練場を出た。

 防音の効いた訓練場の外では、爆発音が鳴り響いていた。王宮の向こうで夜の闇の中に炎の光が激しく揺らめいていた。

「一体何が……」

「ミルは現実世界で空を飛べる?」

「いえ、まだ飛べません」

「そう。なら先に行くわね」

 私はミルを置いて、様子を見るために飛翔した。

 王宮を挟み訓練場とは反対側の城壁で戦闘が行われているようだった。弓兵と魔道士が城壁の上から外に向けて攻撃を行っている。

 急いで向かう。

「姫様!」

 私に気づいたブルーが近づいてくる。ブルーも飛行魔法が使えるようだった。

「何があったの?」

「奇襲です。リロカが攻撃を仕掛けて参りました」

 見下ろす戦場では、地の利もあり、キーケ側が優勢に見える。

「状況は?」

「こちらに大きな被害はありません。姫様の訓練もあり魔法力が上がっておるおかげもありますが……。奇襲をかけてきたにしてはリロカに勝算がなさすぎる。これから何か起こるかもしれませぬ」

 会話の最中、いくつかの火球が私たち目がけて飛んできたが、全て私たちの手前で消えた。

「これはあなたが?」

 私は自分が対処するよりも先に消えた火球について訊いた。

「いえ。これは王子の魔法です。魔法を拒絶する魔法。王子らしい魔法ですな」

 私は王子らしいというのがどういうことを指すのか分からなかった。王子のパーソナルな部分については何も知らない。魔法には適性がある。なんの適性があれば魔法を拒絶する魔法が生まれるのだろうか。

「王子ら──」

 私目がけて火球が飛んでくる。今度は私など押し潰して全てを消し炭にできそうな巨大な火球だ。それも王子の魔法によって消えた。

「この火球は……」

 火球の大きさに驚いたブルーが呟いた。

 巨大な火球が連続して放たれる。全ては私に届く前に消えた。

「ぐあ」「がぁ」

 下から攻撃を受けた者たちの声が聞こえる。見ると城壁にいる弓兵や魔道士たちが倒れている。

 巨大な火球はなおも私目がけて放たれる。全て届く前に消える。

「ぐ」「ぎや」「うぅ」

 下を見ると、また攻撃を受けた弓兵や魔道士が倒れている。

「どういうこと? 私に向けられた火球が消えるたびに、城壁では攻撃が当たっているわ」

「おそらく、姫様に向けられた火球が強力で、王子の魔法が他の火球に対処しきれておらんのです」

「私は大丈夫だから、他の火球に対処していただくように伝えられるかしら」

「王子は第三の目でここをご覧になっているはず。──王子! ここはブルーにお任せ下せれ!」

 今度の火球は消えずに私に向かってきた。それをブルーが虹色の輪を生み出して跳ね返した。

「くっ。ここまで強力か……」

「私は大丈夫よ、自分で対処できるわ」

「姫様はお下がりください。実戦と訓練は違うのです。強き者が必ず勝つということはありません。キーケは姫様を失うわけにはいかんのです」

「そう。──でも大丈夫よ」

「姫様!」

 ブルーが私を向いて、そう叫んだとき、ちょうど火球が飛んできた。

「くっ」

 ブルーが防御の魔法を出すよりも前に吹雪が吹き、火球を消し去った。

「遅れて申し訳ございません、姫様」

 吹雪が止むとそこにはミルが浮かんでいる。

 私はブルーに向かって、

「私には私の騎士がいるわ」


 それから、ミルは何発かの火球を吹雪で相殺した。

 すると、火球が飛んできていた方向から男がゆっくりと飛んで近づいてきた。

「あれは……やはりザビン将軍か」

 ブルーが言った。

「知っているの?」

「はい。あれはリロカにおいて最も凶暴と言われている将軍です。火球の威力でもしやと思っておりましたが……」

 ザビンは平均的な男性の二倍近い体躯の大男だった。スキンヘッドの肌は火傷の跡で痛々しい。火傷の跡は頭だけではなく顔や体の見えている部分全てを覆っている。

「見たところテメエがこの国で一番強そうだなぁ!」

 ザビンが叫び上げる。

「テメエを殺せば王都の瓦解も近づきそうだ──」

 ザビンの全身が燃え上がり、人型の炎となる。

「──な!」

 ザビンは一直線にミルへと飛んでいった。

「私!?」

 ミルは殴りかかるザビンを剣で受け流す。熱さは感じていないはずだ。彼女の周りには冷気の膜ができている。

「は! 初見で『炎人えんじん』にここまで対応できるとはな!」

「人型の炎の一体で私を倒せると思うな」

 ミルの動きは訓練の時よりは悪かった。しかし、それは空中戦が初めてだからというだけで、直に慣れるだろう。

「姫様。今のうちにお下がりください」

「……分かったわ」

 ブルーの言葉に素直に従うことにした。キーケの姫として万が一のことがあると良くないことは確かだ。

「ここは任せたわよ、ミル」

「お任せください! 姫様!」

 私は王宮内に退避した。


 私は王宮内から第三の目で戦場を観察した。

 キーケが優勢であるのは変わっていなかったが、反撃し切れてもいなかった。キーケは交戦的な国ではなく実戦経験が乏しいようだ。

 私が戦場に出れば戦況を変えられるかもしれないが、ブルーに止められている。

 せめて王子のように遠隔で手助けできないだろうか。

 第三の目越しに睡眠魔法を試みる。

 リロカの兵士たちを眠らせることができた。

 戦況を変えられそうだった。


 私は第三の目でミルの戦いを観察する。

「これまで力の差があるとはな……」

 ザビンが満身創痍の様相で言った。炎人の魔法は解けている。飛行魔法を使う余裕もないらしく王宮の屋上に跪いている。

 しかし、ザビンの顔には不敵な笑みが張り付いている。

「日の出だな」

 ザビンが言った。確かに夜通しの戦闘で直に朝になるところだった。

「くくくっ。日の出と共に援軍が来る。第二ラウンドといこうぜ!」

「援軍なら寝てるわよ」

「!? 誰だ!?」

 ザビンが首を巡らせて声の主を探す。しかし、私の姿を見つけることはできないようだった。

「あなたも眠りなさい」

 ザビンが倒れる。顔面が地面にぶつかったが、それで起きてしまうような睡眠魔法ではない。

「姫様、そこにおられるのですか?」

「えぇ、でも体は安全な場所にいるわ」

「そうですか。それは良かったです。ところで、援軍が寝ているというのは……」

「リロカの兵士は皆、睡眠魔法で眠らせたわ。しばらくは何をしても起きないと思うわ」

「敵を全員眠らせたのですか!?」

 ミルが驚いて言った。

「ははは!」

 私とミルの会話を聞いていたブルーが笑った。

「では、この戦は我々の勝ちということですな」

 ミルが戦闘音の止んだ城壁の方を見ながら、

「戦闘ではなく眠らせることで勝利するなんて……流石、居眠り姫です」

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