実戦訓練

「私にも訓練をしていただけませんか」

 睡眠魔法をかける前、王子が言った。

「私が王子様を訓練するのですか?」

「そうです」

「そんな、それは……」

「何か問題がありますか?」

「いえ。しかし、私が王子様を訓練するなど恐れ多いです」

「恐れ多いことなどありません。我々は夫婦です。夫婦は対等なものです」

 夫婦が対等というのは、母国レヌカには存在しない考え方だった。

「そういうものなのですか……。分かりました、訓練いたしましょう」

「ありがとうございます。ただ、私は今夜夢の中で少しやることがあります。それが終わり次第、あなたの夢にお邪魔させていただきます」

「分かりました。お待ちしておりますわ」


「王子様が来られるのですか?」

 ミルが驚いた顔で言った。

「そうなのよ」

「それは、緊張いたしますね……」

「そうなのよ……」

「それは、皆には伝えるのですか?」

「どうしようかしらねぇ……」

 夢の中の雪山には千を超える人々がいた。現実の王都の気温維持を行っている魔道士が冷却魔法を覚えるためにやってきていた。

 日中は気温維持の業務を行い夜になると夢の中で訓練を行う。キーケの人間は皆勤勉だった。ただ、日中に働いた上で夜通し訓練を行うことはあまりにも疲労が大きいため、一度起きてしまったら、二度寝以降は訓練に来てはいけないことにしていた。

「流石にあの中で訓練されるわけではないですよね?」

「そうね。ミルと一緒に個人訓練かしら」

「何を仰っているんですか。王子様が来られたら私はあちらに移動しますよ」

「ミルこそ何を言っているのよ。姫付きの騎士なのだから傍にいてもらわないと困るわ」

「いえ。私は姫付きの騎士だからこそ席を外させていただきます。姫様は王子様と夫婦水入らずの時間を作られるべきです。いつまでも夫に緊張しているわけにはいきません」

「夫婦水入らず……それもそうね。それなら、王子様が来られるまでは、ミルの実戦訓練を致しましょう」


 夜中の現実の訓練場には私とミルの姿しかなかった。

 私たちは隣国リロカとの戦争に備えて、実戦の訓練を行っていた。

 訓練場は防音の魔法が施されており音が周りに漏れないため、夜間であっても訓練ができた。

「動きが鈍くなっているわよ、ミル」

 私は魔法で生み出した炎の巨人と氷の巨人を動かしてミルに攻撃を仕掛けた。挟み撃ちのようにそれぞれの巨人が殴りかかる。ミルはそれを氷魔法と炎魔法でそれぞれ対抗する。冷やすことと温めることでそれぞれが無効化できるが、相反する二つの魔法を連続で使うことは難しいようだった。

 巨人の腕が消え去り攻撃の無効化はできたが、ミルはそのまま片膝をついて、

「申し訳ありません、姫様。もう、魔力が尽きてしまいました……」

「あら、ミルの魔力が尽きるのなんて初めてじゃない?」

「はい。今日は王子様が訓練に来られるということで早めに始めましたから……。そういえば王子様はまだ来られていいないのですか」

「まだ来ていないわね」

 現実でミルとの訓練を行いながら、夢の中の扉を注視していたが、誰も来ていない。一応、夢の中の雪山も確認するが王子の姿はない。千人いた訓練参加者は半分の五百人程度にまで減っていた。

「なにか用事が長引かれているのでしょうか」

「そうかもしれないわね」

「……王子様が来られるまではここで訓練を続けていただいても良いでしょうか?」

「魔力が尽きているのに訓練なんてできないわ」

「いえ、魔力回復薬は訓練場に常備されております。それに、私は魔道士ではなく騎士ですので、剣での実戦訓練もお願いしたく存じます」

「分かったわ。王子様が来られるまでよ」

「ありがとうございます!」

 ミルは訓練場の端にある棚に向かって走り出した。棚には瓶に入った魔力回復薬が並んでいる。ミルはその場で瓶一本を飲み干し戻ってきた。

「姫様は魔力は大丈夫なのですか?」

「そうね。まだ大丈夫よ」

 私はまた人型の炎と氷を作り出した。今度は巨人サイズではなく人間サイズで十体作り出した。そして、それぞれの人型が剣や弓などの武器を携えている。

「凄まじい魔力量ですね……」

「私の魔力量は気にしなくていいわよ。いくらでも訓練に付き合うけれど、無理はしないようにね」

「はい! ありがとうございます! ……では、参ります!」

 ミルは剣と魔法で攻撃を始めた。

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