会議

 ミルの個別訓練を始めて数日が経とうとしていた。

「では私は訓練場に行って参ります」

 夢の中での訓練を終え、ミルは現実での訓練に向かった。

 私は睡眠魔法をかけるために王子のもとへ向かう。

 道中で宰相ブルーと出会った。

「王子のもとまでお供しても宜しいですかな?」

「どうぞ」

 ブルーと並んで歩く。

「冷却魔法の訓練が順調のようでなによりです」

「えぇ、嬉しい限りだわ」

「正直申し上げて、力の差こそあれ、姫様にお預けした全員が冷却魔法を使えるようになるとは思ってはおりませんでした。冬の来ない我が国では冷却魔法は長い間求められてはおりましたが、習得する術もありませんでしてな。姫様にはなんと礼を申し上げればよいか……」

「私の力ではないわ。キーケの魔道士と騎士が皆優秀だっただけよ」

「いえ、姫様のお力です」

 ブルーは足を早め、私の前に出た。立ち止まり振り返り、

「姫様。お疲れでしょうが、また、姫様のお力をお貸し願えませんか」


 私は王宮の会議室の中、王子の横の席に座っていた。

 巨大な木で出来た長机の短辺には私と王子が、長辺には宰相であるブルーを始め地位や役職のある面々が座っている。

 会議は過去からの議題が多く私には分からない内容も多かった。辛うじてわかる内容を要約すると隣国リロカの動向が怪しいらしい。戦争の可能性があるとのことだった。

「そこで、魔道士と騎士の訓練を姫様にお願いし、了承をいただいた」

 ブルーの言葉に、場内に騒めきが起こる。

「魔道士長と騎士長にも話は通っておる」

「我々も姫様の訓練を受けましたが、間違いなくこの場の誰よりも、いや、この世界中の誰よりも、姫様が魔法訓練に適任かと存じます」

「私も同意見です」

 ブルーに続いて発言した二人が魔道士長と騎士長だろう。二人には見覚えがある。冷却魔法の訓練にいた。優秀な訓練参加者の中でも特に優秀な二人だった。

「現在、冷却魔法──いえ、今まで我が国が冷却魔法と呼んでいた水魔法と風魔法を足して温度を下げる魔法を使い王都の温度の維持を行なっている千人を超える魔道士を訓練に参加させ、戦いに備える予定です」

 また、場内に騒めきが起こる。

「姫様の訓練により覚えた冷却魔法は、今までの冷却魔法とはレベルが違います。炎の魔法に長けるリロカに対抗できるだけの冷却魔法です。

 それに、王都の温度管理についても、訓練を受けて数日の現状のレベルでも一人で十人分の働きができます。今までの複数の魔法を合成した冷却魔法と異なり無駄のない純粋な冷却魔法ですので魔力量の使用も今よりも抑えられます。日中の温度維持に当たるのは百人ほどにまで減らすことができるでしょう。訓練を続ければさらに担当者の数を減らせるでしょうし、浮いた人員で王都外にも対応できるようになります」

 沸き起こる騒めきの中、ブルーが、

「皆は姫様の力を見ておらん。明日の朝、姫様の力を訓練場で見せていただく。姫様の訓練を受けた魔道士と騎士の冷却魔法も見る。皆、姫様に訓練していただくことに賛成するはずじゃ」


 翌朝の訓練場には、いつもよりも多くの人がいた。

 先ほどまでの夢の中の会議の参加者や、その従者。他の見たことがない人々は野次馬だろうか。

「姫様。お願いいたします」

 ブルーの言葉を受けて、私は的の前に氷の塊を出現させた。氷の大きさは二頭立ての馬車くらいのサイズだ。冬のないキーケでは見ることのない魔法に、人々から感嘆の声が漏れる。

 しかし、この氷はあくまでも的だ。

 巨大氷を一瞬で燃やし尽くすだけの炎を出現させる。爆音が響く。本来なら訓練場の中を勢いよく満たす熱と風は圧縮魔法で閉じ込める。悪夢の中での圧死の影響で使えるようになっていることに最近気がついた魔法だ。

 爆音の後は、この世から音が消えたように静かだった。

 圧縮を解き、ゆっくりと放熱する。訓練場を熱が満たす。

「ミル」

「はい、姫様」

 ミルが手を掲げるとその先から冷気が放たれる。訓練場の熱が引いていく。ミルが熱が引いてなお冷気を出し続けていると、寒さに肌を擦る音が聞こえ始める。

「もうよい」

 ブルーの言葉にミルは冷気を出すのを止めた。

「姫様の力はもちろんのこと、姫様の訓練の成果も見たであろう。姫様に魔法の訓練をしていただくことに異論があるものはいまいな?」

「異論などあろうはずがございません」

 会議に参加していた老人の一人がかしずきながら言った。

 それに倣い、他の人々も全員が傅いた。

 私はどうすればいいか分からず、ただそれを眺めた。


「姫様の力を試すようなことをさせてしまい申し訳ございません」

 訓練場の隅でブルーが謝罪した。訓練場からは人々が引き上げ、魔法の訓練に励む魔道士と騎士がいるだけだった。

「いいのよ。力を認めてもらえたようで良かったわ」

「そう言っていただけると──」

 爆音がブルーの発言を遮った。ブルーが音のした方向に振り返る。そこには尻餅をついて呆然とする魔道士と、その魔道士に駆け寄る同僚達がいた。

「一体何があったのでしょう」

「炎の魔法に魔力を込めすぎて暴発してしまったのよ」

「しかし、暴発させた魔道士がどこにも見当たりませんが……」

「あそこで尻餅をついている彼よ」

「彼は無傷ですぞ。あそこまでの爆音を鳴らした魔法が暴発して無傷でいられるはずはございません。姫様のように遠方に魔法を発現させたというのなら別ですが、そのようなことができる魔道士は姫様しかおりませぬ」

「先ほど氷を炎の魔法で壊した時、爆風を閉じ込めていたでしょう? あれを使ったのよ」

「冷却魔法だけではなく、そのような魔法まで訓練を行っておられるのですか?」

「訓練? いいえ。その魔法は彼ではなく私が使ったのよ」

「姫様が?」

 ブルーは驚いた表情で、

「暴発してから彼に当たるまでに魔法を発動して彼を守ったというのですか?」

「暴発してからでは間に合わないわ。暴発の前に魔力が不安定になったからその時に魔法をかけたのよ」

「暴発前の魔力を感知したのですか……?」

 私の夢の中で私以外が発生させた炎に魔力で熱を持たせることができるかは今も試しているが結果は出ていない。ただ、その影響で魔力の流れを見る力は増しているようだった。

「そうね」

 ブルーは呆然として黙ってしまった。

「ブルー宰相?」

 私の言葉にブルーは我に返り、そして、跪いた。

「あら、どうしたの?」

「魔道士という生き物は、強大な力を持つ魔道士に傅きたくなるものなのです」

「あら」

「しかし、それだけではございません。私はただ強大な力を持つだけの魔道士に傅くことはございません」

 ブルーは顔を上げ私を見上げながら、

「姫様はその強大な力を我々を成長させることと守ることに使われている。その素晴らしき魔道士に傅いているのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る