魔法訓練2

 人道的な魔法訓練の方法としては、まずは体験することから始めることが多い。

 例えば炎の魔法であれば、実際の炎を見たり肌を近づけて熱を感じたりすることから訓練を開始する。炎についての理解が高まれば、それを自分の魔法で作り出す訓練を行う。初めは火種程度のものが作れるようになり、訓練を続けると、蝋燭の火程度の大きさを作れるようになり、徐々に大きく、熱く、形を自在に作れるようになる。

 そして、非人道的な魔法訓練の方法もあり、それについてもやはり、体験することから始める。ただ、その体験は非人道的な体験である。

 炎の魔法であれば体を焼かれ、水の魔法であれば溺死寸前まで沈められたり致死量寸前まで水を飲まされる。過剰に体験することで、炎や水を強く感じ、それが自身の魔法に反映されることで、人道的な方法に比べて短時間で強力な魔法を取得することができる。

 私は夢の中であれば非人道的な魔法訓練を安全に行えると思っていたが、強力な痛みによるショック死の可能性があると呪いに聞いたため実行は控えた。それに、ショック死の可能性がなかったとしても、実行しなかったかもしれない。私は長年の悪夢により痛みへの耐性が強いが、平和に暮らす人々にはそこまでの耐性はない。

 拷問紛いの訓練を行う暴君にはなりたくなかった。


 訓練の方法が定まった。

 私の夢の中では、世界の夢との入り口から奥に向かうにつれて寒さが増すようにした。寒さへの耐性は個人差があるためだ。

 現実では、仕切りがない状態で訓練の参加者全員を寝かせ、全ての参加者が私の視界に収まるようにした。生活の比重が夢にも多くあるため、キーケでは仮眠室のある建物は多く、中には講堂ほどの大きさの仮眠室もあった。訓練の参加者が眠るのは王宮の中にある百人以上は眠ることができる仮眠室だった。

 訓練の手順としては、まず、私の睡眠魔法で仮眠室にいる全員を寝かせる。寝入った瞬間に他人の夢に入ることはできないため、皆寝入ると私の夢に繋がる扉のある世界の夢の広場に現れる。そこから、私の夢に入り、各自が自分が耐えられる寒さの場所に留まる。凍傷になる心配のない夢の中なので、忍耐力があれば長時間留まっていることが可能だった。そして、もし寒さに耐えきれず起きてしまった場合は、私がすぐに眠らせる。限界を超えて寒さで起きた訓練参加者は、夢でも現実でも意識がある私を見て驚いていた。

 この方法により、人道的な訓練より効率的に、非人道的な訓練よりは非効率的に魔法が習得できる算段だった。


 訓練は昼ごろから始まり、夜になろうとしていた。

 寝ながら訓練ができるキーケではその気になれば延々と訓練ができるが、人道的にそこまでの訓練は行わない。王子が寝る時間になれば、メイドが私を呼びに来ることになっている。そこで訓練を終える予定だ。

「お昼からずっと眠っているけれど、夜眠れるのかしら?」

 現実の私が言った。目の前では三十人以上が眠っている。途中起きることもあるが合計すると何時間も眠っている。

「どうでしょうな。普段見る夢よりも格段に疲れているように見えますからな。案外ぐっすりと寝られるかもしれませんな」

 宰相ブルーが言った。ブルーは現実の世界で訓練の様子を見に来ていた。訓練の様子とはいっても、現実では仮眠室で眠っているだけである。

「眠れない方がいるようなら、朝まで眠れる魔法をかけるから呼んでもらえるかしら」

「かしこまりました。姫様はお優しいですな」

「そうかしら」

「下々の者にここまで行なっていただける姫は少ないものです」

「あなたも宰相なのにあまり偉そうじゃないわ」

「私も元々は平民でしたからな」

「そうなの?」

「はい。昔から魔法や知略は得意でしてな。気がつけば宰相になっておりました」

「平民から宰相になれるのね……」

「キーケは実力主義社会ですからな」

 一人の魔道士が目覚めた。

 私は暮れかけた窓の外を見ながら、

「睡眠魔法をかけたほうがいいかしら? もうすぐ訓練も終わりだから、先に終えてもいいと思うけれど」

「魔法をかけていただけますでしょうか? 時間ギリギリまで訓練を致したく」

 私が魔法をかけると、魔道士はすぐに眠りについた。目覚めてから強張っていた魔道士の顔が今は弛緩している。

「私は自分はあまり優しくないと思うわ」

「どうしてですかな?」

「彼らは皆、明らかに私を怖がっていますもの」

「ただ怖がっているのではなく、あれは畏怖というものです。姫様の魔法の凄さに敬意を払っておるのです」

「そうかしら」

「そうですとも」


 メイドが私を呼びに来て訓練は終了となった。

 王子に睡眠魔法をかけるために私は王子の寝室に来ていた。

「魔道士達に訓練をしてくださっているそうですね」

「はい」

「ありがとうございます」

「え。いえいえ、お礼など……」

 王子に礼を言われるとは思っておらず恐縮してしまう。

「……よろしくお願いします」

 そう言って王子は目を瞑った。

「……はい」

 私が魔法をかけると、王子が静かな寝息を立て始めた。

 結婚をして一ヶ月と経っていない。

 私も王子に対しての畏怖があるようだった。

 そして、もしかしたら王子も私に対して畏怖しているのかもしれない。

 王子の安らかな寝顔を見てそう思った。

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