氷魔法

「お嬢さん、イカれてんのかい」

 呪いが呆れたような馬鹿にしたような声で言った。

 私は火柱の一つを氷漬けにしているところだった。肌に感じていた熱が急激に冷やされる。私は呪いの力を使って、夢の中で温度のある魔法を自在に使えるようになっていた。元々私の魔力で私の夢の中であるため、呪いの力を矯正することはできると踏んでいたが、想像していたよりも時間がかかった。

「あんた、三日三晩寝っ放しだぜ。悪夢をそんなに見たいもんかね」

「悪夢と言われてもねぇ……」

 私は周囲に乱立する火柱を見回す。百近く作った火柱は半数が氷漬けになっていた。

 呪いが火柱の一つに干渉して私を襲わせようとする。しかし、火柱には何も起こらない。熱のある炎は呪いの力ではあるが、今は私が完全に制御している。

「確かに、焼死も圧死も転落死もしないんじゃ悪夢じゃねえかーぁ」

 昔見る悪夢といえば焼死、圧死、転落死の他にも水死や感電死もあった。

「懐かしいわねぇ」

 呪いの火柱への干渉が強くなる。しかし火柱には何も起こらない。

 私は残りの火柱を全て氷漬けにし氷柱に変えた。周囲の温度が一気に下がる。

「凍死もあったわね」

 寒くなった夢の中で思い出す。遠い昔の記憶だ。当然、悪夢なのでいい思い出ではない。しかし、悪夢のおかげで魔法の力が上がっているのだとしたら、呪いも悪いことばかりではない。

「お望みならいつでも凍死させて──」

 呪いを完全に封じ込めると、寒さが引いていった。

 私は夢の中で新たに覚えた魔法を現実で使えるか確認するために起きることにした。


「ひ、姫様! お身体は大丈夫ですか!?」

 起きるとメイド達が慌てふためいていた。メイドの一人が医者を呼びに行こうとするのを止める。

「どうしたの? 私は至って健康よ」

「姫様は三日三晩起きることもなく寝続けておられたのです! それに世界の夢にもおられないのでどうされたのかと皆が心配しておりました!」

 私は呪いが三日三晩寝ていたと言っていたのを思い出した。夢の中では時間の感覚がなくなってしまい、そんなに時間が経っていた自覚はなかった。

「心配をかけてごめんなさいね。私はいくらでも寝れてしまうのよ」

「……本当にお身体は大丈夫なのですか?」

「えぇ」

「ではお医者様はお呼び致しません。──誰か! 王子様と宰相様に姫様がお目覚めになられたことをご報告して!」

 メイドの一人が早足で部屋を飛び出していく。

 私はその様子を見ながら血の気が引いていくのを感じた。

「王子様はきちんと寝られていたのかしら」

「いえ、この三日間はあまり寝られていなかったようです」

 私がこの国に迎えられて今現在与えられている唯一の職務は、王子に睡眠魔法をかけることだ。私はその唯一の業務を放棄してしまっていた。

 夢の中以上に体が冷えるのを感じた。


「申し訳ございません」

「頭を上げてください。あなたがよく眠ることは聞いておりましたし、新しい環境への疲れもあったのでしょう。私は気にしていません」

「申し訳ございません。今夜は確実に王子様を寝かさせていただきます」

「よろしくお願いします」

「……失礼いたします」

 私は王子への謝罪を終えて王座を後にした。

 嫁いだとはいえ、ほとんど会話をしておらず距離も縮まっていない。私は睡眠魔法を求められて嫁いでいる。いわば政略結婚のようなものだ。そもそも距離を詰めても良いものかどうかも分からない。

「姫様」

 呼びかけれら振り返るとそこには宰相のブルーが立っていた。

「随分と長く眠られていたようですな」

「申し訳ございません」

「私に謝る必要はございません。それに、他の国ならいざ知らずキーケでは長時間眠れることは良いことですぞ。王子に睡眠魔法をかけそびれるのだけは少々マズかったですがな。

 それよりも、長時間眠られている間、世界の夢にはおられなかったようですが何をされていたのですかな?」

「新しい魔法を覚えようと思って色々と試していたのよ」

「……ほう。夢で新しい魔法を……」

 少し考える素振りを見せたブルーは、

「その魔法というのを今から訓練場で見せてはいただけませんかな」

「えぇ、もちろん。私も現実で魔法を試そうと思っていたの」


 訓練場には幾人もの騎士や魔道士が訓練を行なっていた。

 昼は現実で、夜は夢で訓練を行う勤勉さがキーケの国力の源であることが分かる。

 ブルーが訓練場に入ると場内の全員が敬礼し、場所を譲った。

「では、見せていただけますかな」

 私は火柱を作った。兵士一人を包み込める程度の大きさの火柱だ。その火柱を凍らせて氷柱に変えた。ただ、やはり現実での魔法は発動まで時間がかかる上に精度が低いように感じられる。

 氷柱は急激な温度変化の影響かすぐにヒビが入り破れた。もう少し魔力を込めて凍らせればしばらくは形を維持できるかもしれない。

「これは……炎を氷に転じる魔法ですかな?」

「えぇ。でも夢のようにはいかないわね。すぐに壊れてしまったわ」

 ブルーは破れた氷片に近づき、欠片の一つを拾い上げた。

「本物の氷……。姫様、折り入ってお頼み申し上げたいことがございます」

「なにかしら」

「魔道士達に氷魔法を伝授していただきたいのです」

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