呪い
「本日も訓練に付き合っていただき申し訳ございません」
ミルは本当に申し訳ないと思っている顔で言った。
「いいのよ。私は他にすることもないもの」
姫としての職務は今の所一つしか与えられていない。
王子に睡眠の魔法をかけることだ。
これまで、王子は不眠症であった。
キーケでは夢の中で行う業務も多く、不眠のせいで王子の業務が滞っていた。それが私の睡眠の魔法により解消し、今はその遅れを取り戻しているところなのだ。
王子の忙しさが一段落つけば、私にも他に何かの仕事が与えられるはずだ。そして、王子が忙しいのは数週間程度の期間ということだった。
それまでの私は暇である。
ミルは火柱を立てる魔法を何度も練習していた。
「ねえ」
「はい。なんでしょうか姫様」
「それってミルが実際に使える魔法の訓練なのよね。新しい魔法を覚える訓練はしないのかしら? 夢の中なら新しい魔法でもなんでもできるじゃない?」
「確かに夢の中でならどんな魔法でも使えますが、夢で使えるようになっても現実では使えません。夢はあくまで夢ですので、イメージトレーニングのようなことしかできないのです。
自分にはできない魔法や実際にはできない威力の魔法を使っても、それはただの想像で訓練にはなりません。夢の中では自分にできることを反復することでしか訓練にならないのです」
「あら、そうなのね……」
私はその説明にあまり納得できなかった。それを察したミルは続けて、
「夢で新たな魔法を覚えられないのは、実際に魔力を使う感覚を知らないと魔法は覚えられないという説や、例えば、炎であれば熱さを感じないせいで現実の感覚と繋がらず覚えられないという説もあります」
「分かったわ。そういうことなのね」
「はい」
ミルは火柱を出す訓練に戻った。
ミルの目が覚めて私は自分の夢の中にいた。
ミルには私よりも先に起きても気にしないように言ってある。
「お嬢さん、久しぶりじゃないっすかー」
枯れた声がした。何年振りかに聞く私の受けた呪いの声だった。
母国レヌカでは女子が学校で一番の成績を収めることはあってはならないことで、呪いを受け学校へ通えなくなった。そのときの呪いが悪夢を見続けるという呪いで、その呪いは意志を持った呪いだった。
「俺を抑え込む力がなくなったってわけでもなさそうですがねーぇ?」
「少し確認したいことがあったのよ」
「確認?」
「私にまた悪夢を見せてくれないかしら」
「……は?」
私は呪いを抑えていた力を完全に緩めた。
途端に夢の場面が切り替わる。
夜、湖のほとり。私は十字に組まれた木の棒に括り付けられていた。足がつかないほどに高く吊り下げられ、その足元には巨大な炎が勢いよく燃えている。大昔、魔法が一般的ではない時代の魔女狩りの再現だった。
「なんだかよく分からねぇが、死にてえなら殺してやるよ」
巨大な炎が私を包んだ。
痛みと熱さに襲われる。
呪いに罹ったばかりの頃はこの痛みと熱に飛び起きていたが、今の私は夢の中に居続けている。そして、私は夢を見ているままで、現実の自分を知覚することができるようになっていた。寝室のベットの上ですやすやと眠っている。眠っている自分の魔力が使われていることも感じられる。呪いも魔法の一種である。その動力源は私の魔力のようだった。
「ありがとう。確認できたわ」
私の夢は草原の上に切り替わった。
「ぅぐっ」
断末魔のような声を残して呪いは消えた。消えたとは言っても、力を押さえつけているだけで消滅したわけではない。消滅させようと思えば消滅できるのだろうがそれは行っていない。
私が悪夢の呪いをかけられたとき、同級生の男子生徒十名が死亡した。呪い曰く、それは代償であるらしかった。そのため、消滅させた後に呪いを欲すれば、呪いの発現に再度命が必要になる。私が呪いを消滅させない理由はそれだった。
私は呪いの有用性を話し相手くらいにしか思っていなかったが、より有効な使い道がありそうだった。
私が現実の訓練場で魔法を使った時、火球を使うのは数年振りだった。
そのため、火球の仕様をあまり覚えておらず、放つのではなく遠くに発現させてしまった。思い返せば私は一般的な火球しか使えず、遠くの的を直接燃やすようなことはできなかった。
なぜ、あんな威力の火球が使えるようになったのか。
ミルの話では魔力を使う感覚と炎の熱の感覚などが感じられないせいで、夢の中で新たな魔法を習得することができないということだった。しかし、呪いの力で実際に魔力が使われて痛みや熱を感じる悪夢の中では、新たな魔法を習得できるのではないだろうか。そうでなければ、私は今も現実では優秀な子供レベルの魔法しか使えないはずなのだから。
呪いを使えば、夢の中でも新たな魔法の訓練ができそうだ。
呪いを消滅させなくてよかったと思った。
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