魔法

 私は幽体離脱の魔法で王宮内を闊歩していた。

 私も一応は小国の姫であったが、大国の王宮には圧倒される。

 豪華絢爛な廊下を歩くと先に巨大な両開きの扉が現れる。私は閉じられたままの扉をすり抜けて部屋の中に入る。

 部屋の中には宰相のブルーが机に向い作業をしていた。

 ブルーは白い髪に白い髭の老人で、丸いメガネを掛けている。

 ブルーが顔を上げる。メガネの奥の瞳が私を見た気がした。幽体離脱中の自分と目が合ったように感じることはよくあることだった。そして、実際に目が合っているということは今まではなかった。

「姫様、勝手に入られては困りますな」

 しわがれた声が言った。幽体離脱中に声をかけられるのは初めてのことだった。

「……ごめんなさい。今後は立ち入らないようにするわ」

 私は意識を自分の体に戻す。体へと戻る途中の意識が、

「いえいえ、招待いたしますよ。この後すぐにでも体ごと来ていただけますかな」

 というブルーの声を聞いた。


 私は両開きの巨大な扉の前にまでやってきた。

 先ほどとは違い片方の扉が開かれている。中を覗くとブルーがこちらを向いて立っていた。

「失礼致しますわ」

「ようこそおいで下さいました」

 ブルーと対峙する。好々爺然とした佇まいからは、宰相という圧倒的権力者の威厳は感じられない。勝手に王宮中を闊歩していたことに対して何か怒られるものと思っていたが、そういう雰囲気でもないようだった。

「姫様はいつ頃から『第三の目』を使用できるようになったのですかな?」

「第三の目というのは、先ほどの私がここに来ていた魔法のことかしら?」

「そうです」

「いつからかしら……。四、五年前だったかしら」

「ほう。素晴らしい」

 ブルーのメガネの奥の瞳が少しだけ鋭さを見せる。

「姫様は精神魔法の適性があられるようですな。属性魔法はどのくらい使えますかな?」

「五級までなら一通りできますわ」

「ふむ……。五級……。どうやら魔法に関する名称でレヌカとキーケでは違いがあるようですな」

 ブルーは五級魔法が分からないようだった。私も第三の目が分からなかったし、二国間で名称の違いはありそうだった。尤も、私は十分に教育を受けていないので、第三の目という名称はレヌカでも使われている可能性はあるが。

「そのようね」

「近くに魔法の訓練場があります。そちらで魔法を見せていただいてよろしいかな」

「えぇ、もちろん」


 訓練場に到着する。

 訓練場は王宮を囲う城壁の外にあった。ただ、訓練場の一部の壁は城壁と一体化しており、王宮へと直接繋がる道もあるため王宮の敷地内にあるといっていい。

「ここは壁に魔法壁が貼られております。余程のことがなければ壊れん作りになっております」

 ブルーは手のひらで円形の的の並んだ壁を示した。

 昔何度か行ったことがある学校での魔法の実技試験を思い出す。大掛かりな魔法は学ぶ前に学校に行かなくなってしまったので、私の魔法では通常の壁であっても壊れはしないだろう。

 私はレヌカでは攻撃魔法の代表格であった火魔法を使うことにした。

 的が燃えるイメージをする。イメージ通りの炎が的を燃やした。的は遠く離れており正確な大きさは分からないが、騎士の使用する盾くらいの大きさはあるように見える。それが完全に燃え落ちた。

 ブルーの反応を伺うと、目を見開いて固まっていた。

「……い、今のは……」

「レヌカでは『火球』と言っていたわ」

「今のが火球ですか……。キーケにも火球はありますが……。桁違いの威力……」

 ブルーが手を地面に水平に上げ、手のひらを的に向けた。手のひらから手のひらの倍の直径の火球が飛び出す。勢いよく呼び出した火球は的にあたりパーンと音を立てた。的は無傷だった。

「これがキーケの一般的な火球です。いや、一般的な火球の数倍の大きさ・速度・威力の火球ですな」

「そうね。レヌカでも先ほどの火球は一般的なものより強い火球でしょうから、キーケとレヌカで火球は同じものなのではないかしら」

「そうですな。しかし、姫様の火球は……凄まじい威力でしたぞ。的にも魔法壁は貼られております。それを簡単に燃え落ちさせてしまうとは……」

「あの的だけ魔法壁が解けていたのではないかしら」

 私は優秀だったとはいえ、それは子供の頃の話だ。それから長い間寝るだけの生活を送っていた私にそこまでの力があるとは思えない。

「では、私が使った的に火球を当ててくだされ」

 ブルーの言葉を受けて、先ほどブルーが火球を当てた的を燃やす。的は簡単に焼け落ちた。

「あら」

「……凄まじいのは威力だけではございません。軌道が早すぎて、年老いた私には見えんほどです」

「軌道? 的は直接燃やしたけれど……」

 ブルーが引き攣った笑みを浮かべ、

「そうではないかと思いはしましたが……。遠隔で炎を発現させれるのはキーケには数人とおりますまい。それがあの距離であの威力となれば、一人もおらんでしょう」

「そうなの?」

「はい。精神魔法だけではなく属性魔法もこれほどとは……。睡眠魔法を使われた時は姫様が天使様に見えましたが……今は女神様に見えますぞ」

 お世辞もあるのだろうが、そう言ったブルーの顔は真剣そのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る