夢の中

 大国キーケにおいて睡眠の重要性は私が考えている以上のものだった。

 私は、今、夢の中で王都ベリータウンを案内されている。

 案内役は私付きとなった女騎士で、名前はミルといった。

 ミルは華奢な少女で正確には騎士ではなく騎士見習いである。

 現実世界ではそんな少女一人を護衛にして姫が街中を歩くようなことは危険でありできない。しかし、夢の中では可能となる。今、ミルが私に付いているのも護衛ではなく案内のためだ。

 今、この夢のどこかでは、王子も護衛をつけずに王都の視察を行なっている。視察が終われば会議も夢の中で行うらしい。

 キーケの人々の活動の中心は夢の中になっていた。


「姫様、次はどこへ参られますか?」

 市場を周り終え、ミルが私に尋ねた。

「そうねぇ……。どこがいいかしらねぇ……」

 キーケに嫁ぎ気づいたことがある。

 私は優柔不断だった。

 何年もの時間を寝て過ごしていたため、何かを決定するのが圧倒的に遅く、そして、苦手だった。

「あなたは行きたいところはあるかしら?」

「私の行きたいところですか? えーと……」

 ミルが考え込んでしまった。ミルにとっては勝手知ったる街である。今更、行きたい場所もないのかもしれない。

「何かしたいことでも構わないわよ」

「したいこと……。魔法の訓練でしょうか」

「では、そうしましょう」

「いえ、しかし、私の訓練に姫様のお時間を使わせてしまうわけには参りません」

「ここでぐだぐだしている方が時間が勿体無いわ。さ、訓練に参りましょう」

「……わかりました。ただ、この『世界の夢』の中では魔法の訓練が難しいのです。姫様と私の二人の夢の世界を構築する必要があります」

「? どうすればいいのかしら?」

 ミルが右手を自らの正面に向けた。右手先の何もない空間に扉の形をした空間が造られる。その空間の先には草原が広がっていた。

「私の見る夢に姫様をご招待いたします。どうぞこちらへ」

 ミルが右手で空間の先を示す。

 私は王都から草原へと足を踏み入れた。


 草原は快晴の空の下にあった。

 涼しげな風に足首までの丈の草が揺れる。

 振り返ると扉型の空間の向こうに先ほどまでいた王都の風景が広がっている。

 その扉型の空間はミルが草原に足を踏み入れると同時に消えた。

 首を巡らせても視界にある全てが草原になった。

「申し訳ございません。私の訓練のためにわざわざこちらまで来ていただいて」

「それは構わないのだけれど、私、あなたの夢に来た理由が分かっていなくて」

「そうだったのですね。世界の夢についてはご存じですか?」

「ごめんなさい。分からないの」

「や、やめてください! 詫びなければならないのは私の方です! 世界の夢については説明をされているものとばかり……」

「その世界の夢というのは何なのかしら」

「先ほどまでいた夢の世界で、王都中の人々の夢の集合体です。寝ている人々の記憶の中の王都の平均的なイメージの王都になっています。現実と異なる部分も多少はありますがほどんど本物の王都と同じです

 ただ、世界の夢はその性質上、魔法も夢を見ている人々の平均的なイメージが元になってしまうので、平均以上に魔法を使える人間は世界の夢ではうまく魔法が使えないのです。

 なので、姫様には私の夢にお越しいただいたのです。自分で見る夢であれば魔法のレベルは自由ですから」


 ミルの魔法の訓練は主に火の魔法がメインであった。

 直立した成人男性を丸ごと包み込める大きさの火柱を立てる練習をしている。ミルの眼前に出来上がった火柱は、現実のミルが実際に使用できる最大威力の魔法であるらしかった。夢の中では魔法の威力を際限なく上げることができるため、訓練としては実際に作ることのできる火柱のイメージを確固とすることと魔法の展開速度を早めるイメージを作り上げることを目標にしているらしい。

 現実では精度と速度が多少下がったとしても、実践で十分に活用できる魔法に思える。

「女の子なのにすごいじゃない」

「? ありがとうございます」

 ミルは礼の前に不思議そうな顔をしてから言った。

「あら、私おかしなことを言ったかしら?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが……。女の子なのにというのはどういう意味でしょうか?」

「魔法の力って、女の子は男の子に劣るでしょう? でもあなたの魔法は男の子にも引けを取らないわ」

「お言葉を返すようですが、腕力ならともかく、魔法力であれば男女差はないかと……」

「あら、そうなの?」

 母国レヌカでは、魔法力は女子は男子に劣ると教育されていた。

 母国の常識とミルの言葉では、私は、会って数日のミルの言葉の方が正しいように思える。母国の男尊女卑はひどいものだった。女子の地位を下げるような誤った情報が流布されることはよくあることだ。

 その点、キーケは姫の護衛に女騎士が付けるほどに女性に地位がある。私と同年代の同性であるために選ばれた部分も大きいだろうが、そもそも女騎士がいないレヌカと比べて女性の地位が高いのは歴然だった。


 ミルの訓練を見ていると、突然、視界が真っ暗になった。

 周囲を見回すがどこを向いても真っ暗闇。先ほどまでいた草原を想像すると、暗闇が草原に変わった。

 どうやら、ミルが夢から醒めて、私は自分の夢の中にいるようだった。

 私は長年の眠り姫生活の中で身につけた魔法を行使することにした。

 それは、眠りながら現実の世界を見る魔法だ。幽体離脱のようなものだ。

 数日前から自分の寝室になった部屋の中が見える。豪華な部屋で母国の自室の10倍以上の大きさがある。その大きな寝室に私一人が横になっている。

 部屋にいくつかあるドアの一つがゆっくりと開く。そこからミルが顔を出した。私の様子を確認している。ミルの表情には戸惑いが見えた。おそらく、自分の方が早く目覚めて、私を夢の中に一人にしてしまった状況をどうすればいいのか分からないのだろう。

 私は起きることにした。

「おはよう、ミル」

「お、おはようございます、姫様。申し訳ございません。私の方が先に起きて夢の中に姫様一人にしてしまいました」

「あら、いいのよ。眠りなんて時間が経てば勝手に目覚めてしまうものじゃない」

 私は延々と眠ることができるが、それが特殊であることは自覚している。

「それはそうなのですが……」

「私は、もう少し時間があるし、もう一眠りさせてもらうわ」

「は、はい。おやすみなさいませ、姫様」

「おやすみ、ミル」

 そう言い終えた私が寝息を立て始める。

 幽体離脱したままであったので、自分が寝息を立てる姿を見下ろす。

 ミルは私の入眠までの速度に驚いた様子で「流石、居眠り姫です」と呟いた。

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