居眠り姫と夢の国

睡田止企

結婚

 私の生まれた国では男尊女卑の価値観が当たり前であった。

 学校では女子が学年で一番の成績であってはならなかったし、教師が女子生徒の成績を故意に下げることは黙認されていた。それは姫であっても例外ではない。

 私は姫として生まれ、女が虐げられる世界の中でも比較的優遇を受けていた。そのため、女子であるにも関わらず学校で優秀さを隠すこともせずに過ごしてしまっていた。

 初めのうちは、教師が私に不当に低い成績をつけていたために、私の優秀さは問題視されなかった。しかし、他国から来た教師が正しい成績をつけてしまったために、優秀さを疎まれた私は呪いを受けることとなり、学校を辞めることになった。

 私は成績優秀な生徒から部屋で寝たきりの居眠り姫と呼ばれるまでになってしまった。ただ、それは私目線の話で、外野は、学校へ行かず部屋に引っ込んだことをようやくこの国の女子らしくなってきたと喜んでいた。


 なので、そんな寝たきりの姫に婚姻の話が来ていると聞いたときは、何か人違いだろうと思ったほどだった。

 各国首脳の集う晩餐会などはあまり参加していなかったし、参加したとしても各国の姫君たちが趣味や特技にお茶会やピアノなどを挙げる中、どこでも眠れるしいつまでも眠れると答え、各国王子を反応に困らせていた。

 どの国からの婚姻の話かを確認すると、大国キーケであった。我が国レヌカは小国で、この婚姻が人違いであろうがなかろうが馳せ参じるべき相手であった。


 キーケとレヌカは陸続きで移動できる。馬車でいくつかの国を跨ぎ、何週間もかけてキーケへと向かう。

 道中の馬車の中は適温に保たれていたが、キーケに近づくに連れて外気温は高くなっていた。暑さのせいか家屋の数に対して外にいる人間は少なかった。

 ただ、外気温が高まっていくのも王都ベリータウンに入るまでで、王都内は野外であろうが適温に保たれていた。

 王宮内に入っても、王座の間に入っても、その気温は一定だった。


 私と結婚する人は、王座に深く腰掛けていた。

 赤い王座に座るその人は金色の髪と金色の瞳が輝き、豪華なリングケースに収まった指輪のようだった。

 大国の王子であるが偉そうな感じはなく、しかし、その視線は私を値踏みしているようだった。

「あなたは、人を眠らせることができますか?」

 王子の声は低かった。声変わりが済んだばかりの使い慣れていない低音のように聞こえた。

「はい」

 私は答えながら、私が呼ばれたのは人違いではなかったのだと理解した。

 彼は睡眠の魔法を求めていたのだ。


 魔法には適性がある。

 一般に、火を怖がる者は火の魔法の習得は難しく、高所恐怖症の者は飛行魔法の習得は難しい。逆に火や高所が好きであれば魔法の習得は比較的容易い。

 私のように睡眠に適性がある者は、睡眠の魔法を習得する素質があると言える。


 私が睡眠の魔法を使えることについては誰にも話したことはなく、王子の周りにいる人々は少しの驚きを見せた。王子自身は表情を変えなかった。

「今、私を眠らせてもらえますか?」

 王子の言葉に、周囲の人々が驚きの声を上げる。

 私は一国の姫とはいえ、彼らから見れば得体の知れない人間だ。自ら魔法を受け入れている無防備な状態の王子に対して、得体の知れない人間が得体の知れない魔法をかけることなどは許される訳はない。

 私が戸惑っていると、王子は澄んだ低音で、

「害意のある魔法であれば弾ける。私を甘く見るな」

 と言った。

 周囲の人々から騒めきが消える。

 人々の視線は王子に。そして、私に向いた。

 私は周囲の人々の視線を受け止めながら王子を見た。

 王子は私に頷いてみせた。私も頷き返し、王子に睡眠の魔法をかけた。


 この日、私と王子の婚姻は正式なものとなった。

 睡眠の適性があるだけで実際に魔法が使えるか分からない状況のときに、婚姻の話を他国の姫に対して行うほどキーケは睡眠の魔法を欲していた。性急な決定に驚きはしたが、私には異論はない。

 私は、この日、レヌカの居眠り姫からキーケの居眠り姫になった。

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