色づける花達

10まんぼると

君との出会い

 会場が歓声に包まれる。武道館のステージの中心で、汗をかきながらも楽しそうに歌う女性やドラムを叩いている男性に見とれてしまう。こんなにもライブは凄いものなのか、こんなにも音楽の力は凄いものなのかを実感した。そしてその時から、僕は時には激しく、時には淑やかになる音の濃淡に憧れを抱くようになった。


「今日は誘ってくれてありがとう」

帰り道、駅に向かいながら言う。藍神蓮翔あいがみれんと 、今日僕をこの場所に連れてきてくれた友達だ。いつもは割と大人しめだが、自分の好きな事になると饒舌になるタイプだ。家が近く幼稚園の頃からよく遊んでいる。蓮翔は『FLOWER』というアーティストのファンでチケットが2枚取れたから折角ということで行くことになった。小4の僕たちにとって、2人だけの遠出は少し不安だったが、無事迷うことなく武道館まで辿り着き、ライブも充実したものとなった。グッズを入れた袋を持って、話しながら家へ向かった。


 その日から、僕は買ってもらったばかりのスマホのYouTubeで音楽を聴くようになった。今まで、蓮翔がアーティストの話をしても、所詮音楽だろうと思っていたが、今の僕はその魅力が分かる。だから2人の仲がより一層深まるようになったと思う。


 中学生になった僕たちは、自転車通学を初めることになった。

「イヤホンつけながら自転車に乗るのっていいのかな」

「いや、危なすぎるだろ」

そんな他愛もない会話もよくするようになっていた。小学校の時よりも、課題や活動が増えそんな疲れを紛らわすために一緒にいる時間も増えたと思う。そんな蓮翔と

「将来一緒にバンドやろう」

なんて話したりもしていた。でも、それは夢であって特別な努力は何ひとつとしてしていなかった。


 ある日の学校の帰り道、自転車を引きながら歩いていると、路肩に赤いポピーと青い薔薇が咲いているのが見えた。その花達を何気なく横目に見てから、すぐに逸らして家まで向かった。


 受験勉強が活発になる頃、俺はというと白紙の進路相談の紙を机に置いて眺めたまま思い悩んでいた。夢としてある音楽も先生に言うのもなんか恥ずかしくて、他にやりたいことも無いため書くことが思い浮かばない。勉強している人なら高い偏差値の学校を書けばいいのだが、中学校生活に浮かれていた俺は勉強をサボっていたせいで高校の選択肢が少ない。その中に行きたい学校も特にない。

夢想逢生むそうあいきさん。至急、職員室まで来てください」

放送から、生徒指導の先生の声が聞こえる。面倒くさがりながらも、白紙の紙を持って職員室へ向かった。

「いい加減決めたらどうだ。他の人みんなだしてるぞ。そんな悩むこともないだろう。お前の学力なら行ける場所も限られてくるんだから。明後日までに絶対提出な」

「はーい」

教師の割に口の悪い生徒指導の先生の言葉を適当にあしらってから、すぐに教室に戻った。

「蓮翔。今日一緒に帰れる?」

「いいよ。でも日直の仕事があるからそれを終わらせてからかな」

「おっけー」

俺は、次の授業の準備をしてから席に着いた。


 「なあ、逢生。1つお前に言わなきゃ行けないことがあるんだ」

「なに。課題なら手伝ってやんねーぞ」

「そうじゃなくて。俺引っ越すことになったんだ」

「えっ。そういう冗談いいって」

「冗談じゃないよ。親の仕事の都合でどうしても引っ越さなきゃいけなくなって。ごめんね」

「いや、別にお前が悪いってわけじゃないし。場所は?」

「北海道の旭川。結構遠いからもう会えないかも」

「いつ引っ越すの?」

「明後日。こんな忙しい時期にこんなこと言っちゃってなんかごめん」

「そうなんだ。まぁ向こうに言っても頑張ってね」

「うん。ありがとう」

「というか、音楽の夢ってまだ本気で目指しているの?」

「今までは口先だけだったけど、折角引っ越して色々と環境が新しくなるからそのタイミングで本気でやってみようと決めた。だから、逢生もアーティスト目指して」

「分かった」

「明日からは本格的に引っ越しの準備があるから会えるのは今日までかな。今までありがとう」

「ああ。ありがとう。そしてこれからもよろしくな」

「うん」

蓮翔と夕焼けの空に涙を拭った手を翳した。最後の時間を心に刻もうと近くの公園で夜遅くまで遊んだ。


 高校生になった俺は、バイトに勤しんでいた。欲しいものがあるからだ。それは『オトノシズク』というものだ。『オトノシズク』とは、音声合成ソフトのことで、文字や音程を入力するとそれに合わせて機械が歌を歌うという優れものだ。結局高校はあの後から、必死に勉強して難関校とまではいかなかったが、普通より少し上くらいのところに行けた。そこでは朝早く起きて学校へ行き、授業を受け、ホームルームが終わったら急いでバイト先に行くというハードな生活を送っている。

『オトノシズク』を知ったのは高1の夏休み。SNSを眺めていると、音声合成ソフトというものがあるのを見つけた。パソコンにダウンロードすればいつでも誰でも作ることが出来るらしい。それを知って、パソコンを買うお金を貯めている。別に歌が上手いわけでもない僕は、音楽をやっていくならこれしかないと思った。このことを、蓮翔に伝えると、今は作曲を勉強しているということと、その作った楽曲に『オトノシズク』で声をつけて欲しいと言われた。僕はそれに

「分かった」とだけ返事をして、バイト先へ向かった。


 それからしばらくして『オトノシズク』を使っていくつかの曲を作り、まるで本当の人が歌っているかのように、曲に込められている思いを解き放つことができる、『オトノシズク』に愛着を持つようになった。そんなある日、スマホに1つのファイルが届いた。それは1つの音源だった。明るくとてもポップな曲。心を押してくれるようなメロディ。僕はそれに、『オトノシズク』の歌声で色付ける。自分たちが影響を受けて目指していたアーティストとは全く形態の違う曲だが、音声合成ソフトを通じ遠く離れた2人の心を繋いでくれている。僕たちもいつか、人の心を揺れ動かすことのできる作品を作りたい。そして、誰かの心を動かした時、その曲は誰かの人生に一つ雫として零れ落ち、人生に夢を与えるだろう。ただ、僕達はどこの誰かがそう感じたのか分からない。だから、誰かに届くように、伝わるようにとまた1つメロディに想いを声に乗せていく。





 私の名前はコエノシズク。普段は歌を歌っている。私のパソコンに来ている歌唱の依頼を要望に沿ってこなしていく。この曲をどんな人がどんな境遇で作ったのか分からない。でも、そんな本来交わることのないような人の曲を歌う。そして、誰かの元へ届ける。それが私の役目なのだ。


 ある日、私のパソコンに一つのメッセージが来た。歌唱の依頼の連絡だ。私はすぐに音源を確認し防音室に入る。部屋の中心に置かれているマイクの前で深呼吸をする。私はメロディを流す。マイク向かって想いを音にのせながら吐く。今、1つのの声が雫となって部屋の空気を大きく震わした。

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