第10話 おじさん、空を仰ぐ

「ダンザブロウ。君のおかげでこの件を解決することができた。本当にありがとう」

「いえ、私は何も……」


アンセルは首を振る。


「この件だけじゃない。きっかけはマドカだったとしても、負の感情はずっと私の中にあったものだ。それと向き合うことができたのはお前がいてくれたからだ。礼を言う」

「殿下……」


こんなにストレートな感謝の言葉を伝えられたのは生まれて初めてだ。ダンは照れくさくて頭を掻いた。

誰かを勇気付けられたという事実だけで、胸がじんわりと温かくなる。


(今日までこの世界で生きてきてよかったなぁ……)


この世界にやってきた理由なんて知らない。もしかしたら一生わからないままなのかもしれない。

それでも無意味ではなかったのだ。

無力で嘆いてばかりだった17歳の自分がほんの少しだけ救われたような気がした。


「それから、その……」


視線を戻すと、アンセルが妙にそわそわとしている。ダンは首を傾げた。


「殿下?」

「実は私が生まれたとき、神殿に予言が下ったんだ。私が異世界から来た『異邦人』と結ばれることでこの国は平和になる、という……」

「へえ。そうなんですね」

「ああ。それで……」


それまで落ち着きのなかったアンセルは顔を上げ、まっすぐにダンを見つめた。


「そしてその相手こそが……ダンザブロウ。お前だと思うんだ」

「………………はい?」


真摯な瞳がダンを射抜く。

それってもしかして。……いや、もしかしなくても。


「それってプロポーズですか? なんて……」


わざと冗談めかして言えば、アンセルはぽっと頬を染めた。


(本気なの!?)


アンセルが自分に気がある……? こんな情報、ポーレンも教えてくれなかった。なぜこんなことになってしまったのだろう。

ダンはだらだらと冷や汗を流した。


「で、殿下はマドカさんが好きなのでは」

「異世界から来て心細いのではないかと気にかけていただけだ。他意はない」

「殿下にはロビネッタさんという婚約者がいらっしゃいますよね」

「お前も見ていただろう。先程婚約破棄が成立した。つまり私は今、フリーだ」


アンセルはじりじりと迫ってくる。

ダンはゆっくり後退した。


「男ですよ?」

「だから何だ」

「おじさんですよ?」

「年など関係ない!」


(これってまさか……口説かれてる……?)


まともな青春を送れなかったおじさんには理解し難い状況だ。ダンは頭を抱えた。


(ど、どうなってるんだ……)


さらに後退したところ、トン、と踵が何かに触れる。

背後は壁。逃げ場はない。


「あの、殿下。一度落ち着いて……」

「そうだ。私のことも名前で読んでくれ。アンセル、と」

「そそそんな滅相もございません」

「そう恥ずかしがるな。私とお前の仲だろう」


アンセルの眼差しは熱っぽく、甘やかだ。

まるで愛しい人を見るように。


(だ、誰か……!!)


ダンは助けを求めるように周囲を見渡した。

近くに立っていたエルバートと目が合ったが、エルバートは穏やかな顔で親指を立てた。


「殿下の幸せが臣下の幸せですから」

「そんなぁ!?」

「……ダンザブロウ」


アンセルは無駄にいい声で囁く。

あまりの美声に腰が抜け、ダンはぶっ倒れた。


「ダンザブロウ!? 一体どうしたんだ!」


清掃だけをしてひっそりと生きてきたおじさんにイケメンへの免疫などあるはずがない。もうとっくにキャパオーバーだった。


「ダンザブロウ! おい、ダンザブロウ……!」


自分を呼ぶ声が次第に遠のいていく。


お母さんお父さん、お元気ですか。

息子は異世界で、王子様にプロポーズされました……。


見上げた空はアンセルの瞳のように真っ青だった。

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おじさん、王子殿下に婚約破棄される 庭先 ひよこ @tuduriri

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