第9話 おじさん、ほのぼのする
今までの愛嬌のある振る舞いが嘘のような開き直りっぷりだ。マドカは腕を組んで堂々と己の罪を告白した。
「認識阻害魔法でロビネッタ様を悪く思うよう仕向けたの。でも、黒魔法をかけすぎた副作用か、アンセル様はロビネッタ様を正しく認識できなくなってしまったみたいね。黒髪なら誰でもでもロビネッタ様だと思い込んで、そのせいでアンセル様の周囲からの評価まで下がったのは誤算だったけれど……。それでも婚約破棄まではこぎつけた。全てが上手くいってたのに……!」
マドカはギリッと奥歯を噛み締める。
しかし感情を顕にすることすら馬鹿らしくなったのか、急に投げやりになった。
「ま、元々上手くいってなかったもの。今更足掻いても無駄だったってことね。……もう全部どうでもいいわ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
話は済んだとでも言うようにマドカはそっぽを向く。
その変貌っぷりにアンセルは少なからず衝撃を受けたようだった。そしてロビネッタに気遣わしげな視線を向けた。
「そうとは知らず、ロビネッタを一方的に非難してしまった。私はなんてことを……」
「……」
こんな騒ぎの中でもロビネッタは静かだ。
ありもしない罪を着せられ、婚約破棄まで言い渡されたのだ。この上ない屈辱のはず。
それなのに、どうしてこうも落ち着いていられるのだろう。
「ロビネッタ」
「……」
「いつからか、君は無口になってしまったよな。……私を詰っても構わない。どうか何か言ってくれ」
「……」
ロビネッタの視線はマドカに向けられている。マドカに何か思うところがあるのだろう。
「黒魔法をかけられていたとはいえ、これは私の罪だ。婚約破棄するかどうかは君が決めてくれ。……マドカの処遇も君が決めて構わないから」
その言葉でロビネッタはこちらを振り向く。
毒々しいほどに赤い瞳がアンセルの姿を捉える。
そして、固く閉ざされていた唇がゆっくりと開かれた。
「それ、ホンマっすか?」
「…………え」
「婚約についてはほんまに破棄してエエんちゃいます? しょーみ、そっちのが自分も嬉しいんで」
「ロ……ロビネッタ……?」
顔は相変わらず絶世の美女。しかしその口調には淑女さのかけらもない。
アンセルはぶるぶると震えた。
「どうしたんだその変な喋り方は……!?」
「変、って失礼な人やなぁ」
「まさかまだ黒魔法の影響が残っているのか……?」
アンセルは狂ったように己の頭を壁に打ち付け、再びロビネッタを見た。
「えらい痛そうやな」
「ダメだ……やっぱりロビネッタが変だ……」
ロビネッタは頭を搔いた。
「あー……。実は自分も別の世界からきたんです。あ、お二人とは違って『憑依』ってヤツやと思うねんけど、ある朝起きたらこの美人さんになってて。こんな喋り方しか出来ひんからずっと黙ってたっちゅーワケです」
誰もが状況についていけずに唖然とする。
しかし、いち早く反応を示したのはマドカだった。
「どうりで悪役令嬢が悪役ムーヴしない上に静かすぎると思った!! 」
「そりゃーこんな話し方してたら頭おかしくなった思われるやろ」
「本当なら一年生の最後に断罪イベントがあったのに、アンタのせいで発生しなかったじゃない! だから黒魔法に頼るハメになったのよ!?」
「主人公も大変やなぁ。……あ。前から思ってたけど、ここって乙女ゲームの世界なんやろ。ほんまおもろいなあ」
「その喋り方ほんとやめて! キャラ崩壊どころの騒ぎじゃないわよ!」
二人は何やら言い合いを初めてしまった。ダンは草取りをしつつ、柔和な笑みを浮かべた。
(わあ。関西弁、懐かしいなぁ……。地元に関西出身の友達がいたからすごい親近感あるな。なんか嬉しい……)
やがてギャーギャー文句をぶつけるマドカを無視して、ロビネッタ(仮)はアンセルの方を見た。
「そうや、マドカちゃんの処遇やけど、この子のこと自分がもらってもええですか?」
「『もらう』?」
突如飛び出した不穏なワードにマドカが顔を引き攣らせる。
ロビネッタはそんな様子を楽しそうに眺めた。
「今は女の身体やけど、自分、心はフツーに男なんで。しょーみマドカちゃんめっちゃタイプやねん」
「はああああ!?」
「前から可愛いなーって思ってて、ずっと見てまうねん。人を小馬鹿にした態度とか生意気なとことか、吠えるとこ見てると、子犬みたいで可愛くて可愛くて……」
マドカは全身に鳥肌が立つのを感じた。
「なんなのよほんっと気持ち悪い! そんな目で私のこと見てたの!? 変態ッ!」
「うるさい口やな。ふさぐで?」
「黙れ!!」
マドカは鋭いパンチを繰り出す。しかしロビネッタはその手を軽く受け止め、愉しげに笑う。
絶世の美女の微笑みに、マドカは一瞬心が揺らいだ。
(めちゃくちゃ顔がいい……)
「……じゃ、ないわ!! 離せ〜〜〜ッ!!」
マドカは魔法を闇雲に放ってロビネッタを攻撃した。しかし、ロビネッタはそれらを軽々と受け流している。
抜いた雑草を袋にひとまとめにしながら、ダンは朗らかに笑った。
「おや、二人は仲良くなったんだね。友情って素敵だなぁ……。これもまた青春だね」
「青春……?」
アンセルとエルバートは顔を見合わせた。
「……。ええと、これで一件落着……なのか?」
「学園内での揉め事は学園内で解決するというルールがありますから。被害者である殿下やロビネッタ嬢が納得されたのであれば、解決したと言って差し支えないでしょう」
「そ、そうか……」
アンセルはしばらく微妙な顔をしていたが、深く考えるのをやめた。
そして咳払いをすると、改めてダンと向かい合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます