第8話 おじさん、己の能力を自覚する


「……いや、待て。ダンザブロウの話を聞こう」


その一声で周囲は静まり返る。

マドカは信じられないものを見るような顔でアンセルを見た。


「アンセル様は『異邦人』である私よりもこの男を信じるんですか!?」

「……ダンザブロウも『異邦人』だ。話を聞く価値はあるだろう」

「あのおじさんが……!?」


マドカはぎょっとしたようにダンを見る。ダンは愛想笑いを浮かべた。

そのとき、ダンは周囲の男子生徒の体もはたきで払っていく。すると、黒い塵が次々光になって消えていった。


「あれ? 俺はどうしてマドカさんの味方をしたんだろう」

「よく考えるとマドカさんも怪しいのにな」


(あれ? 急に風向きが変わったぞ)


あの塵が消えたことが原因なのだろうか。

先程までの会話と、男子生徒の態度の変わりようを見て、ダンは合点がいった。


「この黒い塵って黒魔法の類だったんですね。学校付近でもウヨウヨしてたので、よくホウキではらってましたよ」

「祓う!? そんなことができるのは白魔法の使い手のみ。やはりお前は白魔法が使えるのか?」

「え? そうなんですか?」


よく見れば、はたきの先から白い光が吹き出している。掃除をする度に清々しい気持ちになるような気がしていたが、魔法だったのか。


「…………待てよ? そういえば、この学園付近にも昔は魔獣が多数いたが、およそ35年前からぱったりと姿を見なくなったという。それってまさか」


アンセルの一言で視線がダンに集中する。

ダンがこの世界にやってきて、清掃員として働き始めたのもおよそ35年前だ。


「掃除をしながら無意識に『浄化』していたということか!?」

「えっ。そういうことなんですか」

「無自覚だったのか……」


そのときにマドカがぴくりと反応を示す。

そして、すごい形相でダンを指さした。


「あーーっ!! だから魔獣を退治するイベントが起こらなかったのね!? 本当なら学校の裏の森で白魔法に覚醒して、聖女として認められるはずだったのに!!  シナリオぶっ壊してんじゃないわよ!!」

「えっ? 『イベント』? 『シナリオ』……?」

「しらばっくれても許さないんだから!」

「そんなつもりじゃ……」


エルバートがふむ、と思案するようにダンとマドカを見比べた。


「どうやら『異邦人』は特別な魔法が使えるようですね。そう考えると、マドカ嬢に黒魔法が扱えても不思議ではないかと」


エルバートの一言で今度はマドカに視線が集まる。


「つまり、マドカ嬢が王子殿下に黒魔法をかけたということか!?」

「確かに、マドカ嬢は四六時中アンセル様と一緒にいたし、魔法をかけるタイミングはいくらでもあったはずだ」

「マドカ嬢の魔法の実力を考えればあり得る……」


アンセルはごくりと生唾を飲み込み、マドカと向かい合った。


「マドカ……」

「濡れ衣です! 私がアンセル様にそんなことするワケがないでしょう? 私にはアンセル様しか頼れる人がいないのに……」 


マドカは情に訴える作戦に出た。悲しげな表情を作ってアンセルを見つめる。

しかしアンセルは揺るがなかった。


「正直に話してくれないか」


アンセルは確信しているようだった。この件の黒幕はマドカであると。

マドカはギャラリーを見渡す。自分に味方していた者が、自分に疑いの目を向け始めている。


「……」


敗北を悟ると、マドカは真顔に戻ってふぅと息を吐いた。


「……ハイハイそうです。私がやりましたぁ」

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