第7話 おじさん、非難される

「弱い立場の人間を虐めるなど、貴族のすることではない! いずれ国を治める人間として見過ごせない!」


そのとき、にわかに周囲が騒がしくなった。

見覚えのある赤髪の青年が近寄ってきて「殿下、何してるんですか!」と声をかける。

騒ぎを聞きつけ、着々とギャラリーも増えてきているようだ。

マドカは内心ほくそ笑んだ。


(これだけ騒ぎになれば婚約破棄のパフォーマンスとしては充分だわ)


マドカはアンセルの腕に絡みつく。そして潤んだ瞳で見上げた。


「アンセル様、ロビネッタ様を怒らないであげてください〜」

「いいや。ここできちんと己の立場を弁えさせるべきだ!」

「私のためにそこまでしてくださるなんて、少し申し訳ないわぁ〜」


マドカはしおらしい顔を作りながらも笑いを堪えるのに必死だった。


(もっとアンセルを煽ってロビネッタと戦わせなきゃ。二人の争いが激しくなればなるほど、二人の関係に亀裂が入ったことが印象付られるはずよ)


勝利に酔っていたマドカは周囲の状況をきちんと見ていなかった。そのせいで、こちらに近付いてくる男の姿に気付いていなかった。


「足元失礼しますね〜」

「えっ」


柔和な顔をした中年男性がマドカとアンセルの足元をホウキで払っていく。

すると黒い塵は光の粒子になって消え去る。それと同時にアンセルの目の濁りが消えていく。

アンセルは澄んだ青い瞳で周囲を見渡した。


「ん……あれ? 私はどうしてロビネッタに攻撃を……」


せっかくの茶番劇に水をさされ、マドカはダンを睨んだ。


「ちょっと、なにすんのよ!」

「すみません、足元にゴミが落ちてたので」

「ハァ?」


そのとき、赤髪の青年が驚いたような声を上げる。


「今の光、白魔法による『浄化』……!? それに、黒魔法による瘴気が殿下とマドカ嬢から出ていなかったか……?」


その声を聞きつけたギャラリーに動揺が広まっていく。


「白魔法を使える魔法士がこんな所に……!?」

「それよりも黒魔法ってことは、魔族が出たのか!?」

「嘘! この学園は安全な場所だったはずなのに!」


(……? 生徒の皆さんは何をそんなに驚いてるんだろう……)


それよりも今は仕事の時間だ。ダンは会話に耳を傾けながら周辺の掃除を続けた。

アンセルは赤髪の青年に顔を向ける。


「エルバート、それはつまり、私に黒魔法がかけられていたということか?」


エルバートと呼ばれた青年は頷く。彼の立ち居振る舞いから察するに、どうやらアンセルの従者的な存在のようだ。


「ええ。黒魔法は精神操作、幻覚、認識阻害など人の精神に干渉する魔法です。つまり、近頃殿下がおかしかったのは黒魔法のせいでは?」


ダンは高い所をパタパタとはたきながら頷いた。


(確かに、私は美女じゃないもんな……)


ただのおじさんと美女を見間違えるなんて普通ではない。ちゃんと原因があったみたいで本当によかった。


「じゃあ一体何者が私に黒魔法をかけたと言うんだ? 魔族でも出たか?」

「いえ、この学園近辺は魔族の出ない土地です。それはありえないでしょう」

「つまり人為的なものだと言いたいのか? だが白魔法と同じく黒魔法は普通の魔法士には扱えるはずが……」


そのとき、周囲を掃除して回っていたダンがマドカの身体をパタパタとはたきではたく。

すると、大量の黒い塵が吹き出し、瞬く間に光の粒子に変わっていった。


「ゲホッ……ゴホッ……ちょっとあんた! 何するのよ!」

「あなたの体から黒い塵がいっぱい出てるのが気になって……」

「はぁあ!? 失礼ね!!」


二人の会話を聞いていた男子生徒達がいち早く反応を示した。


「おじさん、マドカさんが黒魔法を使ったとでも言いたいのかよ!?」

「清掃員なんかに魔法の何がわかるんだよ! マドカさんに謝れ!」

「そうだそうだ!!」


その声は次第に大きくなり、ギャラリーの中でダンを非難する声が膨らんでいった。

ダンはその光景を感心したように眺めていた。


(すごい。マドカさんって男子生徒に人気なんだなぁ……。漫画とかゲームの主人公みたいだ)


マドカはこれ幸いと男子生徒の言葉に同調した。


「そうよ。皆さん、よく考えてみて。あんなおじさんがこの場に割り込んできたこと自体が不自然だわ。きっとロビネッタ様の手下なのよ。いつもみたいに私を陥れようとしてるんだわ……!」


マドカが涙ながらに訴えると、ギャラリーの怒りの矛先はダンからロビネッタに移っていく。

こんな状況でもロビネッタは黙ったままだ。マドカはふんと鼻を鳴らした。


(婚約破棄を告げられた悪役令嬢と、嫉妬でいじめられた可哀想なヒロイン。周囲はどちらの肩を持つかなんて一目瞭然じゃない?)


マドカは勝利を確信して唇の端を吊り上げる。

……しかし、その期待はすぐに打ち砕かれることとなった。

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