第2話 おじさん、美男美女に囲まれる
誰かが教室に入ってくる。それを見たアンセルの動きがぴたりと止まった。
「な……。ロビネッタが二人……!?」
(……ん?)
アンセルの視線を追って背後を振り返り――そこに立つ人物の姿が目に入った瞬間、ダンは目を見開いた。
(うわっ、とんでもない美女!)
腰の辺りで切りそろえられた黒髪は艶々して美しい。こういうのを烏の濡れ羽色と言うのだろう。
雪のように白い肌、赤い瞳に赤い唇。見ているだけで圧倒されるほどの美貌の持ち主だが、どこか人を寄せ付けぬような雰囲気がある。こういう人を高嶺の花と呼ぶのだろう。
(この美人さんが『ロビネッタ』?)
何をどうしたらこんなおじさんと見間違うことがあるのか。ダンはますますアンセルが怖くなった。
そのとき、ロビネッタの傍にもう一人、赤髪の青年が立っているのに気付いた。青年はアンセルの元に駆け寄ると、無遠慮にダンを指さした。
「殿下! そこにいるのはどう見てもただのおじさんです!!」
「何? しかし……」
ダンに視線が集中する。ダンはへへっと笑って頭を搔いた。
「私はここの清掃員のダンです」
そう告げると、アンセルはようやく間違いに気付いたようだった。ゆっくりと目を見開いていく。
「……ほ、本当だ。私は……また……」
いつの間にか周囲にはギャラリーが出来ていた。アンセルが魔法を放とうとしたことでちょっとした騒ぎになったらしい。
ダンの耳にも生徒達の話し声が聞こえてきた。
「まあ、アンセル様ったらあのおじさんとロビネッタ様を間違えたの!?」
「さすがに……ねえ」
「この間は黒髪の先生をロビネッタ様と勘違いしていたわよ」
「アンセル様、最近変じゃない?」
話し声を耳にしたアンセルの顔から血の気が引いていく。
「私は……皆を失望させてしまったのか……?」
そのとき、アンセルの背後に黒い塵のようなものが見えて、ダンは首を傾げた。
(ん、あれは……?)
「ちょっと、通してください!」
そのとき一人の少女がギャラリーを掻き分けてくる。少女は教室の中央まで辿り着くと、アンセルに飛びついた。
「アンセル様〜〜〜っ♡」
「……マドカ」
マドカと呼ばれた少女はにっこりと微笑んでアンセルを見つめる。
茶髪のボブヘアーに、くりくりとした大きな瞳が愛らしい。表情豊かで愛嬌のある娘だった。
「婚約破棄は上手くきましたか? それとも、ロビネッタ様が何か言い逃れを?」
マドカは上目遣いで返事を促すようにアンセルを見つめる。アンセルは言いにくそうにしていた。
「いや、それが……」
「?」
そのとき生徒達の声が耳に入り、マドカは瞬時に状況を把握した。
アンセルは暗い顔のまま俯いた。
「マドカ。やはり私はおかしいのだろうか……」
「……」
マドカは一瞬真顔になったが、また元の愛らしい笑顔に戻った。
「きっとお疲れなんですよ! あまり気にしないでください」
「だが……」
「アンセル様には私が付いてるじゃないですか」
「マドカ……」
(この二人、いい雰囲気だなぁ……)
自分は味わったことがないが、こういうのを青春と呼ぶのだろう。先程生命の危機に瀕したことなど忘れ、ダンは微笑ましい気持ちで二人を眺めた。
そしてふと、教室全体を見渡し――、ロビネッタがマドカをじっと見ていることに気付く。
「見て、あの目。マドカさんを虐めていたって噂、本当なのかしら」
「とてもお綺麗な方だけれど……少し怖いわ」
ヒソヒソと噂されてもロビネッタは黙っている。その姿を一瞥すると、マドカはアンセルに微笑みかけた。
「さ、行きましょう。アンセル様」
マドカはアンセルの手を引いて歩き出す。
二人はロビネッタの傍を通り過ぎて教室を後にする。
去り際にマドカはぼそりと呟いた。
「婚約破棄には失敗したのね。……ま、いいわ。次があるから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます