二宮――1

 今朝、一ノ瀬は傘を借りたと言っていた。けれど、昼間、俺が買い物に出ようとした時、傘立ての中には見慣れたものしかなかった。ん? と思う。

「なあ、一ノ瀬。傘、どこ置いたん?」

「あ? 玄関に――」

「ないで、傘」

 その瞬間、一ノ瀬がリビングから飛び出してきた。「そんなわけあるか」と玄関を隅から隅まで探す彼は、嘘をついているようには見えなくて、本気で焦っているようだった。

 それにしても。

 一ノ瀬はコインランドリーで傘を借りたと言っていたが、この辺りにコインランドリーなんてあっただろうか。まあ、俺は一ノ瀬に比べればここにいる期間は短い方だし、彼の方がこの辺の地理に詳しいのだろう。

 一ノ瀬が借りたのは赤い傘で、取っ手に鈴がついていたという。そんな派手な傘をなくすはずもないと思うのだけれど、探せど探せど傘は出てこない。一ノ瀬もやがて諦めがついたのか、とりあえず彼女ともう一度会って、お詫びに食事の約束を取りつけると言っていた。筋者みたいなナリをしているわりに、本当律義なんよなあ、と思う。

 深夜、一ノ瀬は一人で出かけていったが、結局その人とは会えなかったらしく、気落ちして帰ってきた。

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