第13話 特訓

王都から戻って三日が経った。

私のケガは完治し、関所の修復工事は四日後の豊穣祈願祭の後から行うということになっと聞いた。

私とミンはリュートの仕事を手伝いつつ、リュートの納屋に泊めてもらう生活が続いていた。


『今日はりんごの花を摘むぞ!』


朝飯を食べている時にリュートが言い出した。


朝飯の前にリュートは山羊の乳搾りをして放牧地まで山羊を送り届ける。

家事が得意なミンは朝飯の準備をする。

そして私はプオンの散歩をさせる。


その日の仕事の指示は、朝飯を食べている時にリュートが出してくることが多かった。


『何故花を摘んでしまうのだ?勿体無いし摘んでしまったら実がならないのではないか?』

『もちろん全部摘むわけじゃねえよ。後で見れば分かるけどな、りんごの花はかなり多いんだ。それが全部実になっちまったら、どうなると思う?』


リュートは私とミンの解答を待っているようだ。


『どっ…どうなるって、たっ…沢山実がなるから、いっ…良いことだと思うだよ』

『やっぱりそう思うか』


思い通りの言葉を引き出せたようで、リュートはニヤリと笑った。


『たしかに沢山の実がなる。けれども沢山実がなると実にいく栄養が分散しちまう。そうすると実は大きくならねえし、甘くもならねえんだ』

『そっ…そうなんだか、りっ…リュートさん物知りなんだな』


ミンの言葉にリュートは気分が良くなったのか、胸を張って頷いていた。

花を摘んでしまうのは勿体無い気がするが、園主のリュートが言うならば従うしかないのだろう。



朝食の片付けを終え、私たちはりんごの樹のある場所にやって来たのだが…


『普段見ているこの樹が、りんごの樹だったのか…』


リュートに連れてこられた場所は、山羊の放牧地の一つだった。

放牧地の中にある、大量の白い花を咲かせた樹がりんごの樹だと言う。


『何故放牧地の中にりんごの樹があるのだ?別の場所にした方が良いのではないか?』

『ワハハハハッ、甘いな!山羊はりんごの葉っぱを食べねえように躾けてあるから、草刈りをしねえでも山羊が草を食べてくれるんだぜ』


リュートは自信満々で語っている。


『山羊は餌の草を沢山食べられる。俺は草刈りをしないで済む。しかも山羊のフンは畑に栄養を与えてくれるんだ!こんなに良いことはねえだろ』

『すっ…凄いだよ!こっ…これはリュートさんが考えただか?』


自慢気に語っていたリュートだったが、ミンの一言で固まった。


『考えたのは、村の長老だな…』


リュートは小声で呟いた。


『それより花を良く見てくれ。一つの花を中心にして五個くらい花が咲いてると思うけど、中心の花を残して他の花を全部摘み取っていくぞ』

『ちっ…中心の花を残すのは、いっ…意味があるんだど?』

『中心の花から出来たりんごは形が良くなりやすいんだ』


花を見てみたが、確かに一つの花の周りにいくつかの花が咲いていた。


『もう摘んで良いのだな?』

『真ん中の花は摘まねえようにしてくれよ』

『こんなもの簡単だろう』


私は花を摘まんで捻ってみた。

茎が曲がったが、曲がるだけで摘み取ることができない。

柔らかいということは簡単に折れないということでもある。

リュートを見てみると、手慣れた感じでプチプチと花を摘んでいた。


(もっと強く引っ張れば良いのだろうか?)


強く花を引っ張ると、全ての花と葉っぱを含めて、全てが取れてしまった。


『すまんリュート…これ…』


私はリュートに取れてしまった花を見せる。


『ああ、良くあることだから気にするな。最初は難しいよな』

『何かコツはあるのか?』


失敗を続けることは悔しい。

コツがあるならば私だって立派にできることを見せてやりたい。


『葉なの付け根の膨らんでるとこを折る感じでやるのごコツだな』

『むっ…ここか?』


アタリを付けて折ろうとするが、フニフニと曲がるばかりで上手くいかない。


『そこじゃなくて、もっと上だな。ほら、この辺りだ』

『あっ…』


リュートの指が私の手に触れる。


ボキッ


反射的に腕を振り払い、枝を折ってしまう。


『お前、何してるんだよ!』

『すっ…すまん、わざとではないのだ』

『わざとなら堪らないわ!』


リュートは折れた枝を悲しそうに見つめた。


『お前、本当に気を付けろよ…』


リュートは悲しそうな声で呟くと、作業に戻った。

ミンを見ると、器用に花を摘んでいるようで、足下には沢山のりんごの花が落ちていた。


(私は、役に立たないのか…)


私は悔しくて唇を噛んだ。



三人で仕事をしたことで思いの外仕事が進んだので、午後は自由行動ということになった。

私は王都に行くことにした。

騎士として気になる場所があったからだ。

プオンを散歩させるという名目で、私はプオンに跨がり王都を目指した。



『確か…この辺りだったはずだが…』


前回来た時に見た武術道場を探していた。

大通りから外れた裏路地に、その道場はあった。

木造の古めかしい門で囲われた大きな屋敷。

門をノックして中に入ると、広い中庭とそれを取り囲む板張りの通路があった。


『見ない顔だな。お客人かな?』


木製の剣を振っていた、細い目の男が素振りを止めて近付いてくる。

筋骨隆々という訳ではないが、鍛え込まれた体をしていることは薄着の上からでも容易に想像が出来た。


『見学ですかな?それとも鍛練をしに参られたのかな?』

『飛び入りだが、鍛練をすることも可能なのか?』


男は、私の体を上から下までゆっくりと見る。


『良いですよ。鍛練は一日3バッツいただきます』


本当にこの国の物価は安い。

パイスで名の通った道場で訓練を申し込めば、50バッツは必要である。


(金額の安さが質の低さではないことを願う)


『得意とする武器の種類はありますかな?見たところ武器の扱いの経験はありそうですが』


そう言うと男は私に背を向け歩きだした。

その後に付いて行くと、多くの武器の模造品が飾られた部屋にたどり着く。

木製の武器が殆どであるが、刃止めを施された武器もいくつか用意されていた。


『好きな武器を選んで下さい』


男は音もなく私の後ろへ移動し、道を譲った。

私は歯止めをされた両手剣を握り、重さを確かめてみる。

私が愛用している両手剣と比べて少しだけ大きくて重かったが、大した違和感はなく手に馴染んだ。


『私はこの両手剣を使わせてもらおう』

『選び終わりましたかな?では道場へ参りましょう』


男は再び音もなく移動を始め、やがて板張りの広い部屋に到着した。

天井も高く、両手剣を振り上げても支障は無さそうであった。


私が部屋を見回している間に、男は私に向かい合って一礼をすると、木製の片刃の剣を構えた。

男は穏やかな顔をしており、およそ殺気のようなものは感じない。


『全く怖さを感じないな。これならば本物の武器で立ち会いたいものだ』


ロディアに来てからというもの、畑仕事とプオンの世話ばかりで真っ当に剣を握るのは久しぶりであった。

騎士としての私自身の感覚が戻って来るような気がした。


『打ち込むのと、打ち込まれるの、どちらがお好みかな?』


男は細い目をさらに細くして、笑っているかのようだった。


『では、遠慮なく!』


私は上段に振りかぶり、思い切り打ち下ろす。

軟弱な武器であれば、受けることすら出来ない重い一撃。

しかし男はスーッと滑るように私の攻撃を躱してしまう。


(姿勢が全く崩れない!)


私は構え直すと、大きく踏み込んで袈裟斬りに一撃を放つ。

しかし踏み込んだ距離だけ男は離れていく。


その後何度も打ち込んだが、どれだけ踏み込もうと間合いの外で一定の距離を保たれてしまう。

しかも男の構えは乱れず、剣の切っ先は常に私に向けられていた。

もしも振り終わりに突きを放たれたら、躱すことは出来ないだろう。

そう考えると、男の握る剣に恐怖を感じた。


(木製の剣に恐怖を感じることになるとは…)


剣を握った時の高揚感は失われていた。

今はこちらから動けばいつでも刺し貫かれるイメージが浮かび、呼吸が乱れて体が動かなくなっていた。


『休憩しますかな?』


こちらが考えていて動かないのを見て、男が話し掛けてきた。

切っ先に目を奪われてしまっていたが、男は邪気のない表情で、ずっと私を見ていたようだ。

私は構えを崩し、額の汗を拭った。


『まだ続けます。今度はそちらから打ってきてもらいたい』


私は両手剣を正面に構えた。

先程まで男がしていたように、一定の距離を保つことに注力する。

それに私の両手剣は男の持つ剣よりも長かった。

私は自分の得意な間合いを保ち、相手を牽制し続ければ良い。

考えがまとまり、私は男の目を見据える。

それを合図に男が打ち込んできた。


ゆらりと私の剣の切っ先を外すと、電光石火の如く踏み込み、私の肩に男の剣が押し当てられた。

リュートと対峙した時の疾さにも驚いたが、この男の疾さは異質であった。


男が剣を引き、一歩後退する。


『もう一本いきますよ』


男の言葉で私は慌てて構えを取り、一歩後退した。

先ずは確実に避けられる位置で動きを見極めることから始める…そう考えてのことだった。

しかし、その考えですらも通じなかった。

形振り構わず背を向けて逃げるならばまだしも、構えて対峙した時に前進する早さは後退する早さを上回る。


私は完全に打ちのめされる結果になった。


『ふむ。あなたの癖は分かりました。では今から稽古を始めましょう』


緊張と疲労でヘトヘトになったところから稽古が始まる。

そして私はこの後、リュートがこの道場を避けようとしていた意味を嫌という程知ることとなった。

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