第9話 初めてのお手伝い

クィーールルルルーー


朝を告げる鳥の声で目が覚めた。

私はミンと一緒に納屋で寝ることになった。


最初は驚いたが、イノシシの皮は温かくて寝やすかった。

少し獣臭いことに慣れさえすれば、であるが。


壁代わりの葉っぱからは所々朝日が差し込んでおり、部屋の中は明るかった。

一緒に寝ていたはずのミンの姿は見えない。

外で洗濯でもしているのだろうか。


(…しかし、本当に何もなかったな)


リュートが夜這いに来るとか、ミンが言い寄ってくるとか、期待しているわけではないが、本当に何もなかった。


(私は、女としての魅力が無いのだろうか…)


大将軍の一人娘ということで、女らしさよりも騎士としての心構えや剣術や戦術を覚えさせられてきた。

士官学校時代も女は一割しかいなかったにも関わらず、私に言い寄ってくる男はいなかった。


(大将軍の娘ということで、高嶺の花だと思われて遠慮されていたのかと思っていたが、思い違いだったのか?)


『昔のことを考えていても仕方がない。起きよう』


イノシシの皮を畳むと、納屋を出た。



『あっ、おっ…おはようございます』


納屋の外ではミンが洗濯物を干している最中だった。


『おはようミン。朝から良く働くな』

『あっ、はっ…はい。あっ…あの、もうすぐパンが焼けますだ。そっ…そうしたら、あっ…朝ごはんになるだよ』

『楽しみにしているわ』


私は笑顔でミンに手を振った。


『リュートはどこで何をしているのか知っているかしら?』

『あっ、り…リュートさんなら、やっ…山羊の乳搾りをしているんでないかな』


ミンは少し離れた場所にある家畜小屋を指差した。

家畜小屋を覗いてみたが、山羊もリュートもいなかった。


(やることが何もないな…寝るか)


私は納屋に戻るとイノシシの皮にくるまり、二度寝することにした。



『…う~ん』


良く寝た。

グッと両腕と背中を伸ばす。

部屋には葉っぱに置かれた無発酵パンと、イノシシ肉の燻製とイモを炒めた物が置かれていた。

私の朝食ということで良さそうだ。


『朝の糧をいただけることに感謝いたします』


神への感謝を伝え、パンを千切って一口。

不味いとは言わないが、パサパサで味気が無く、しかも冷めているため固い。

イノシシ肉の燻製とイモの炒め物も一口。

これは美味い。しかし冷めているため本来の美味さではないだろうということは想像出来た。


温かければもう少し美味しく食べられたのにと残念な気分だったが、残さず食べきった。

残ったのは食器代わりの葉っぱだけ。


(この葉っぱは捨てて良いのだろうか?)


私は葉っぱを持ちリュートがいるであろう家に行った。


『リュートはいるか?』


家にはリュートもミンもいなかった。

それならばと家畜小屋を見に行ってみる。


家畜小屋ではリュートとミンの会話が聞こえてきた。


『りっ…リュートさん、こっ…ここにフンを集めておけば良いだか?』

『おー、そこで良いぞ。ミンは覚えるのが早いし働き者だな』

『えっ…えへへ、オラ、がっ…頑張るだよ!』


どうやら二人で小屋の掃除をしているようだ。


『おーいリュート。この葉っぱは捨てて良いのか?』


家畜小屋に入って、手に持った葉っぱをヒラヒラと揺らして聞いてみた。

リュートは会話を中断し、私の方を見る。


『おう、ようやく起きたか。でもなあ、一宿一飯の恩があるんだから、先に言うことがあるだろう?』

『先に言うこと…あぁ、そうだ。ずっと言いたかったんだ!』


ウンウンと頷くと、私は大事なことを伝えた。


『朝飯が冷めていたぞ!出来立ての方が美味いんだから、私にも出来立てを食べさせて欲しい』


私は胸を張り、堂々と口にした。

リュートはポカーンとした顔をしていたがどんどん不機嫌になっていくのが分かった。


『ふざけるな!お前怪我人だと思って大目に見てたけど、何だその態度は!』


飛び掛かってきそうになるリュートを、必死にミンが抑えた。


『りっ…リュートさん!おっ…おっ…落ち着いて。おっ…オラが話してくるから、まっ…待ってて欲しいだよ…』


リュートは鼻息を荒くしたまま、私を家畜小屋から追い出した。


『むう!何だリュートのあの態度は!』


何か言うことがないのかと言うから、思っていたことを言ったまでだ。

何故私が怒られるのだ。


イライラしながら道端の草を蹴っていると、ミンが小屋から出てきて小走りに近付いてきた。


『あっ…あの、隊長。むっ…向こうで、はっ…話しませんか?』


私は腹の虫が治まらなかったが、気分転換になるかもしれないのでミンに付いていくことにした。

しばらく歩くと、柵に囲まれた放牧地にたどり着いた。

六匹の山羊がのんびりと草を食べていた。


『たっ…隊長、オラは、きっ…騎士は色々と、たっ…大切なことがあるって教わっただよ』

『騎士にとって大切なこと?忠誠、信義、礼節、教養、高潔…色々とあるな』


私は士官学校で習ったことを思い出しながら指折り数えてみた。


『りっ…リュートさんは、おっ…お金も貰わないで、オラたちを、いっ…家に泊めて、しっ…食事も食べさせてくれたんだど。ちっ…ちゃんとお礼、すっ…するのが、その、礼儀だと思うだよ』


(確かにその通りだ!)


騎士の心得は、あくまで騎士として必要なもので、騎士としてではないプライベートでは私は礼儀のことを考えたことはなかった。

父はパイスの大将軍。

地位も名誉も財力も、一般的な貴族の遥か上だった。

家のことは全て使用人が行い、私はそのことを当たり前だと思い込んでしまっていたのかもしれない。


『そっ…それと、あっ…朝ごはんは一緒に食べようと思って、おっ…起こしに行ったんだども、たっ…隊長が起きねがったから、りっ…リュートさんが寝かしておこうって、たっ…隊長はケガしてるからって』

『そうだったのか…』

『りっ…リュートさんは、あっ…朝早く起きて、パン生地捏ねて、やっ…山羊の乳搾りして、この牧場まで山羊を移動させて、それから朝ごはんの準備してくれたんだど。おっ…オラもせめての恩返しで、せっ…洗濯して、こっ…小屋の掃除を手伝ってたんだど』


そうだったのか。

礼をしたいのだが、困ったことに遠征中は余計な荷物を持たないので、所持金が無かった。

一体どうやって礼をすれば良いのだ。


『おっ…お金じゃなくて、まっ…まずは言葉で感謝を、つっ…伝えるのが良いと思うんだど。そっ…それから、なっ…何か手伝えることを聞くのが良いと思うだよ』

『そうか…うん、そうだな。ありがとうミン』


私はミンの両手を握って感謝をした。


『あっ…あの、隊長。そっ…そんな、手を握ったら…』


ミンはモジモジとして下を向いてしまう。

照れているのだろうか。

ミンは口下手だけれど、とても純情で優しい男のようだ。


『おっ…オラ、さっきまで、やっ…山羊のフンの掃除をしてて、まっ…まだ手を洗ってないんだど…』

『………そうか』


自分でも分かるくらい笑顔がひきつり、私はそっと握っていた手を離した。



『リュート、先程はすまなかった』


家畜小屋に行くと、私は頭を下げた。


『いや、こっちも言い過ぎた。悪かったな。まだ体調悪いなら寝ていろ。昼飯の時は起こすから、みんなで一緒に飯を食おうな』


遠巻きに見ていたミンが、ほっと胸を撫で下ろす。


『それじゃあ、これで仲直りだな』


リュートが握手を求めるように手を差し出す。


『………』

『どうした?』


手を握り返さない私を不思議そうに見ている。


『リュート、お前はフンの片付けをしてから手を洗ったのか?』

『………』


リュートはズボンで手の汚れを払うと、また手を差し出した。


(そういうところの清潔感が足りないんだよな…)


『握手よりも、何か私に手伝えることはないか?』

『手伝えることがないかって聞く前に、お前は何ができるんだ?』

『何って言われると…例えば?』

『家事とか畑仕事とか力仕事とか…』


剣術や戦術の指南ならば自信があると言いたいが、剣術の自信に関してはつい昨日木っ端微塵に壊されてしまっている。

家事というものはメイドに任せており、私はスープすら作ったことがなかったのだ。


(あれ?私って実は何もできることがない?)


『武器や防具の手入れなら!』


必死に考えた結果がコレだった。


『武器や防具の手入れって、何をするつもりだ?』

『それはもちろん、刃こぼれを直したり錆びを落とすために磨いたり、鎧を磨いたりな。家事はしたことがないが、これは自信があるぞ!ピカピカにしてみせる』


私は自信満々の顔でリュートに親指を立てた拳を突きつけた。

しかしリュートは不思議そうな顔で私を見ている。


『俺の武器は木製だから刃こぼれしたり錆びたりはしねえし、鎧も着ねえし服はミンが洗濯してくれたからな…気持ちだけもらっておくわ。ありがとうな』


そうだった。


私は結局何も出来ないのか。

悔しくて俯いた時だった。


『あっ…あの、リュートさん。うっ…馬の散歩してもらったら、どっ…どうだか?たっ…隊長は騎士だから、うっ…馬の扱いは得意なんでねえかな?』

『あー、確かに自由に走らせた方が健康になるって聞いたことがあるな。頼んでもいいか?』

『もちろんだ!任せろ!』


私はミンに感謝の意味で手を振った。



家畜小屋の隣に馬小屋があった。

そこには一頭の不格好な馬が繋がれていた。


(いや…これは本当に馬なのか?馬のような見た目の牛ではないのか?)


馬にも様々な種類がいることは知っている。


速さと見た目だけを競う競走馬は、脚が長くスラリとした印象がある。

私が一番良く知る騎兵用の騎馬は、馬自身と馬に乗る騎士が甲冑を身に付けるため、競走馬と比べて脚が短くガッシリとした体格をしている。


しかし、目の前のこの馬は何だ?

騎馬よりも更に脚は短く、ずんぐりむっくりした体格。

とても早く走れるようには見えなかった。


『うちの自慢の馬だ。プオンって言うんだ!昼飯の時間まで散歩させてやってくれ。頼んだぞ』


小屋から馬を引っ張り出すと、リュートは首を撫でていた。


『コイツはここを撫でられるのが好きなんだ。あとプオンは分かってるから大丈夫だと思うけど、水場の上は人間の生活用、下が家畜用だからな。間違えて上の水場を使わないようにしてくれよ』

『分かった』


リュートから手綱を受け取り、首を撫でてやる。

プオンは嬉しそうに目を細めた。


『大丈夫そうだな。それじゃあ、頼んだぞ』

『任せておけ』


リュートとミンが家畜小屋の掃除に戻るのを確認して、プオンに跨がる。

脚が短いせいで、びっくりするくらい乗るのは簡単だった。


『よし!行くぞプオン!』


片手で手綱を握り、もう片方の手で首を撫でる。

ゆっくりとプオンは走り出した。



ドカラッ… ドカラッ…


プオンの背に揺られて暫くの時間が経った。


(…この馬、本当に歩くのが遅い)


人間が走る速さと大差ないスピードでずっと歩き続けている。

しかし、早くはなくてもずっと動き続けられるということも大きな強みである。


プオンは村の中を好き勝手に闊歩し、気紛れに脚を止めると道端の草を食べた。

プオンに乗りながら村の人にも遭遇した。


大半の大人たちは忙しそうに働いていたが、笑っている姿を良く見た。

広場で遊ぶ子供たちや、道で小枝を振りながら剣術の真似事をして遊ぶ子供もいた。

のどかな田舎町という言葉がぴったり当てはまる。

温泉と数軒の店、それ以外は民家と畑と牧場だらけの村であった。


一度だけ水場に行き、プオンと一緒に水を飲んだ。

何の指示もしなくてもプオンは下の水場で水を飲み、私は上の水場の水を手に掬い飲んだ。

首を撫でてやると、大きな舌で私の顔を舐めてくる。


(可愛いヤツだ)


自然と私も笑顔になり、お礼とばかりに首を撫でてやった。


民家から昼食の準備をする気配を感じ、私はリュートの家へと引き返すことにした。

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