第8話 第二章が始まるよ!

『う~ん…』


目が覚めると、見知らぬ天井があった。

パチパチと火が燃えている音がする。


『あっ、た…隊長!めっ…目が覚めただな!』


ミンが声を聞いて走り寄ってきた。

私の顔を見て、パアッと笑顔になる。


短いクルクルとカールした赤い巻き毛。

ぷくぷくとしたまん丸な顔に団子鼻。

決して精悍な顔つきでも美男子でもないが、独特の愛嬌があった。


『ここは一体…』

『あっ、りっ…リュートさん呼んできます!』


ミンはパタパタと走って行く。


先程見知らぬ天井と表現したが、ここは家なのか?

長い棒をドーム型に組み合わせて、壁は大きな葉っぱで出来ている。

部屋の中央には焚き火があり、多くの薪が部屋の隅に積み上げられていた。


体を起こしてギョッとした。

布団かと思っていたが、体にかけてあったのは大きな猪の皮だった。


『うぎゃあ!』


猪の皮を払いのけて立ち上がる。

キョロキョロと部屋中を見回したが、ここはどこなのだろう。


『キョロキョロしても、金目の物はねえぞ?』


気が付くと部屋の唯一の出入り口にリュートと、その後ろにミンが立っていた。

手には桶と大きめの素焼の瓶を持っている。


『思ってたよりも元気そうだな』

『すまない。助けてもらったのだな』


私は深々と頭を下げた。


『そんなことよりも、ホラッ!』


リュートは私に木製の椀を手渡すと、そこに瓶の中身を注いだ。


『飲む前に、まずは口の中をゆすげ』


ありがたい話だった。

砂まみれだったせいで、口の中がジャリジャリしていたのだ。


口をゆすぎながら、ふと気が付いた。


(この部屋のどこに洗面台があるのだ?)


流石に部屋の中に水を吐き出すことは出来ない。

かと言って砂が入った水を飲み込むわけにもいかない。

せめて家の外に出ようと考えたが、出入り口でリュートとミンが談笑していた。


(この二人、随分と仲良くなったのだな…)


そんな感心もしたのだが、今はそこをどいて欲しかった。


『ん~!ん~っ!』


頬の膨らみを指差し、道を開けて欲しいと主張する。


『ワハハハハッ!お前、何だその顔は』


リュートが私を指指して笑う。

ダメだ、全く伝わっていない。


『あっ…隊長。こっ…ここは納屋だから、みっ…水は地面に出してかまわないだよ』


(そういうことは先に言ってくれ!)


私は部屋の隅に行くと、二人に背を向けて水を吐き出した。


『悪い悪い。水を吐く場所なんて気にしたことねえから、変な顔芸してるのかと思っちまったぞ』


リュートは楽しそうに笑いながら瓶を差し出し、私の椀に水を注いだ。

私はその水を口に含むと、再度口をゆすぐ。

そして部屋の隅に移動して水を吐き出し、リュートから水を貰い、再度口をゆすいだ。


それを五度繰り返した時だった。


『いや、お前…口をゆすぐだけじゃなくて飲めよ。水無くなっちまうぞ』

『いや、まだ口の中がジャリジャリする気がするのでな。もう一杯たのむ』


リュートは呆れた顔をするが、注いでもらった水でもう二回口をゆすぐと、水を飲み込んだ。


『はぁ~~』


喉が渇いた時に飲む水は、何故こんなに美味いのだろう。

生き返るとはこのことを言うのだろうなと感じた。


『もう一杯飲むか?』

『ありがとう。喉がカラカラだったのだ』

『そっ…それなら、なっ…何度も口をゆすいでないで、のっ…飲めば良かったんでないか?』

『だよなー!やっぱりミンもそう思うよなー!』


リュートがミンの肩をバンバンと乱暴に叩き、ミンは何故か誇らしげな顔をしていた。


『ありがとう。生き返った気分だ』


(ん?そういえばこの椀は私の物ではないな…)


今さらながら、先程まで水を飲んでいた椀を見つめる。


『この椀は、わざわざ私のために買ってきてくれたのか?』


私は椀の代金を払わねばと思い聞いてみた。


『いや、それは家でいつも俺が使ってるヤツだぞ』

『なっ…!』


(…こ、こここっ、これは『間接キス』というものなのでは!?)


身体が火照り、椀を持つ手が小刻みに震えた。


『お前、大丈夫か?顔が赤いぞ』


リュートが近付いて額に手を当てる。

関所前では気が付かなかったが、リュートは精悍な顔つきだが優しい目をしている。

しかしバンダナで隠していた髪は黒い単発でボサボサだった。

おそらく清潔感があれば女にモテるのではないだろうか。


『少し熱がある気がするな。もう少し水を飲め。これから汗をかくだろうしな』


リュートが椀に水を注いでいる。


(これから汗をかく…?)


言葉の意味を考えた時に、先程の言葉を思い出した。

『身体で払え』そうだ、確かにそう言われた。


『うっ…うぅぅ…まさか、これから…』


緊張で身体固くなる。

リュートを見るために首を動かすことさえも困難になる。


『まあ、最初は痛いかもしれねえけどな。気持ち良いぞ!みんなで早く行こうぜ!』

『おっ…オラ実は、はっ…初めてなんだけど、たっ…たっ…楽しみだど』

『みっ…みんなって何だ!それとミンも一緒なのか!?』


(私の初めてが、こんなカタチで…しかもみんなって…まさか村中で…)


『いやあぁぁぁ。いっそのこと殺してくれー』

『うるせえな。いいから行くぞ』

『たっ…楽しみだど~』



『う~…痛い…痛い~』


うっすらと涙が出てくる。

戦いでキズを負うこととは別の痛みであり、つい声が出てしまう。


リュートに連れてこられたのは温泉であった。

切りキズを治す効能があるそうで、自警団もよく利用しているそうだ。

しかし、湯をかぶるだけで身体中のキズに沁みて痛む。


服を脱いだ時に驚くほど多数のキズがあった。

無理もない。二度も吹き飛ばされ、一度は無数の砂粒で切り裂かれたのだから。


湯船に浸かると、キズが赤く浮き出てくるようで、自分で見ていても痛々しく感じる。

決して深いキズではないのだが、擦り傷というものは痛そうに見えるから不思議だ。


こんな時はヒールの魔術が使えたらと思ってしまう。

自然治癒力を高めるヒールを使えば、こんなキズはすぐに見えなくなるのだ。


この時間の温泉は客がいなかったようで、キズだらけの体を他人に見られずに済んだことは良かったと感じた。


(しっ…しかし、温泉で身を清めて、この後は…)


『あぁぁぁぁ…』


キズのない身体で初めてを迎えたかったが、それがダメならばせめて身体中をツルツルに磨き上げよう。

私は入念に、キズが痛まない程度に優しく身体の隅々まで洗うことにした。



温泉から出ると、時刻は夕暮れ時になっていた。


『たっ…隊長は、ゆっ…ゆっくり温泉に入るんだな!きっ…気持ち良かっただか?』

『うむ。そうだな…』

『お前は髪長いし、砂まみれだったからな。時間かかるのも仕方ねえよ』

『…それで、次はどこへ行くのだ』


私は覚悟を決めてリュートに先を促した。

身を清める時間が与えられただけでも良しとするべきであろう。


『次…?家に帰るつもりだったが、まだどこかに行きたいのか?う~む、それならたまには飯でも食いに行くか』


身体で払えと言ったのに、なかなか本題に移らないのは何故なのだろう。


『………なあ、リュートよ。一つ聞いても良いか?』

『どうした?』

『お前は確か身体で払えと言ったな?肝心のそれは何時始まるんだ?』


(あぁぁぁぁ…何故私の方から聞かなくてはならないんだ!まるで私が期待しているみたいではないか!)


頭を抱えたくなったが、あまり心を乱され続けることにも耐えられなかった。


『関所の復旧工事のことか?怪我が治ったら始めるから、早く怪我を治せよ』

『………身体で払うって、そういう意味か!紛らわしい言い方をするな!バカ者ー!』


私は殴りかかるが、簡単に躱されてしまう。


(そういえばコイツは滅茶苦茶強いんだった…)


『逃げるな!乙女心を弄んだんだ!せめて一発殴らせろ!』

『当てられねえだけで殴らせてるだろう。悔しかったら腕を磨け』


リュートは拳を躱しながら笑い続けていた。

何度目かの大振りの拳を躱すと、リュートが視界から消えた。

そして尻にゾワゾワとした感覚が走る。


『腰の回転が遅いんだよな』

『そこは腰じゃなくて尻だ!気安く触るな!このバカ者ー!』

『たっ…隊長と、りっ…リュートさんは、なっ…仲が良いんだな』

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