第6話 刻印されしもの
私の切り札は未知の刻印魔石。
しかし私も剣の腕に覚えがないわけではない。
そもそも初陣前の私が小隊長を任されたのも、パイスの武術会での結果が認められたからこそのものだ。
(まずはバジ将軍を倒した男に、私の剣技がどこまで通用するのか試したい)
たった一人で一部隊と戦い続けたにも関わらず、リュートに呼吸の乱れは見られない。
攻めの突破口があるとすれば、斬りつけられた左腕だ。
『なんだ?来ねえのか?そんならこっちから行くぞ!』
言い終わると同時にリュートは姿勢を低くすると、一気に間合いを詰めてきた。
(疾い!)
傍で見ているのと実際に対峙するのでは大違いだ。
驚きと恐怖で、気が付くと大きく飛び退いていた。
その後何度もリュートは追撃し、私は逃げ続けた。
『何だお前?逃げるだけなら出てくるなよ。俺だって暇じゃねえんだ。格好つけてえだけなら帰れよ』
構えこそ崩さないが、リュートの顔からはやる気が失くなっていることが分かる。
(そうだ。武術大会でも逃げ続ける参加者などいないし、そんな者に出場資格などない)
私は剣を握りしめ、目の前の敵を睨む。
(そもそも間合いを詰めなければ私に勝ち目はないのだ。逃げるのではなく飛び込まなくては!)
『失礼した。もう逃げない』
『口じゃなくて行動で見せてみるんだな!』
リュートが突っ込んでくる。
(逃げるな!飛び込め!)
私もリュートに向かい突っ込む。
リュートの間合いに入ると、すかさず横薙ぎの一撃が飛んできた。
(避けようとすれば、またリュートの得意な間合いでの戦いになる。ここは止まるな!)
リュートの一撃は速いが、それでも軌道は単純。防ごうと思えば難しくはない。
私は剣の構えは崩さずに、ショルダーガードで一撃を受けることにした。
そして弾き飛ばされないために体を傾けた。
予想される衝撃は、体の重さで相殺してみせる。
ガンッ
鈍い音がする。
狙い通りショルダーガードで防ぐことはできた。
しかし思いの外一撃が重く、大きくバランスを崩されてしまう。
(だが、ここなら私の間合いだ!)
私は一歩踏み出して体勢を立て直すと、振り下ろしの一撃を放った。
しかし、そこにリュートの姿はなかった。
渾身の一撃が空を斬り、私はバランスを崩して無様によろめいた。
『ワハハハハッ!お前、案外丈夫なんだな!』
私の間合いの遥か外でリュートが笑う。
ショルダーガードで防いだが、肩は鈍く痛んだ。
捨て身の作戦で挑んだはずが、キズ一つ付けることができなかった。
『悔しいが、剣では勝てないようだな…』
呟きながら、涙が溢れそうになる。
自分の無力さが悔しかった。
(しかし、これで吹っ切れた。勝つ可能性に賭けるしかない!)
『行くぞリュート!』
刻印魔石に起動の魔力を込める。
ゴウッという音と共に、周囲の大気が一点に集約されていく。
視界を歪ませるほどの空気の塊がリュートを目掛けて移動を始めた。
『嘘だろ!』
リュートが顔色を変えた。
両手で棒を水平に構えると、空気の塊を押し返すような体勢で身を守ろうとする。
そして、それはリュートに接触した。
その瞬間、集約された大気が一気に解き放たれた。
大気が爆散し、突風はリュートのみならず私や騎士団や外交官の馬車までも吹き飛ばし、木製の関所を破壊した。
魔術が発動した地点からは離れていたのだが、私は吹き飛ばされて無様に地面を転がった。
風に巻き上げられた土埃が凄まじく、目をうっすらと開けて周囲を見回すが、立っている者はいなかった。
(何だ…このような魔術は聞いたことがないぞ…)
風系の魔術であることは間違いがないが、これほどに広範囲で威力の高い魔術は聞いたことがなかった。
やがて土埃が収まってきたので立ち上がろうとする。
地面を転がることで体中を打っていたが、大して怪我はしていない。
一番痛むのは、リュートの攻撃を受け止めた左肩だった。
『倒した…のか?』
離れた位置にいた私でさえ吹き飛ばされたのだ。
直撃したリュートは遥か彼方に飛ばされて戦闘不能になっていることだろう。
しかし、虚しい勝利だと思わざるをえない。
私の力で勝ったわけではない。いや、むしろ剣の勝負では完敗だったのだから。
『痛ってえな…』
リュートの声である。
先程まで関所があった辺りから声が聞こえてきていた。
『また堀に落ちたのか?』
案の定、ゆっくりとリュートが堀から現れた。
見たところ、私の比ではないくらいにダメージを負っているようだった。
強い衝撃を至近距離で受け、吹き飛ばされて最後には堀に落下したのだろう。
『うわっ、関所がなくなっちまってる!お前何してくれたんだ!』
キズだらけで真っ直ぐに立つことすらままならない状態であるのに、リュートの声はどこか暢気であった。
『それとさっきの魔術。お前は使徒か?』
リュートの声が様変わりし、真剣さが伝わってきた。
『使徒?何のことだ?』
『違ったか。そうだよな。使徒なら直ぐに分かる筈だものな』
『そんなことより!』
私は剣を握り構えた。
味方は皆、先程の謎の魔術の巻き添えを恐れてか、遠巻きに見ているだけで誰も近付いて来ようとしない
『投降するか?まだ戦うか?』
聞くまでもない。
リュートの体はボロボロで戦える状態ではない。
だが、リュートの答えは意外なものだった。
『あん?お前たちが帰らねえなら、戦うに決まってるだろ』
当然だという顔をしてリュートが構えた。
『そんな体で強がるな。お前は十分に頑張った。役目も果たした。もう退いて休むべきだ』
本心からの言葉だった。
言葉遣いは悪いが、国を守るという任務のためにここまで頑張っているというならば、その忠誠心は騎士として見習うべきものである。
意地を張って命を落とすようなことはさせたくない。
『さっきも言っただろう。言葉じゃなく行動で示せってな!』
リュートは覚悟を決めた目をして突進してきた。
(疾い!?)
不意をつかれた。
戦闘不能で強がっているだけという見込みは間違っていた。
リュートの動きは先程までと変わらないものだった。
私は咄嗟に迎撃の構えをとった。
ズムッ
『あっ…ぐうっ…』
私は腹を突かれ弾き飛ばされた。
呼吸ができず、苦しい。
またしても不意をつかれた。
リュートの基本戦術は突進からの横薙ぎの一撃だと思っていたが、突進しながら突きを放ってきたのだ。
突きは横薙ぎに比べれば攻撃範囲は狭く、突進しながらの突きは躱されると隙も大きい。
だが最短距離を通るので攻撃は早く、突進の威力を上乗せできるので威力は高い。
腹を押さえてうずくまり、起き上がることのできない私を見て、リュートは棒を地面に突き立て大声で宣言する。
『俺の勝ちだあぁぁ』
ビリビリと大気を振動させるような声。
まだまだ大声を出せるだけの余力があるのか、不死身なのかと思わせる活躍。
遠くにいる者にはそう見えたことであろう。
しかし近くで見る私には分かる。
リュートはもう戦えない。
地面に突き立てた棒は杖の代わりだ。倒れそうな体を杖で支えているに過ぎない。
先程の攻撃で突きを選んだのも、棒を振る力がなかったのか、横薙ぎの攻撃では私を倒す力がなかったからだろう。
そのために、威力が高い突きを選び、そして作戦は成功した…そんなところが真相であろう。
(リュートは『行動で示せ』と言っていたな…)
リュートの任務に対する忠実さを、私は見習いたいと思った。
私の任務は何だ?
私はここで倒れるのか?
私の騎士としての誇りは…言葉ではなく、行動で示すには…。
『…私は、まだ、終われない』
呼吸を整え、ゆっくりと体を動かす。
腹部と肩は痛むが、まだ動ける。
私はゆっくりと立ち上がった。
『お前…本当に頑丈なんだな』
リュートはうんざりした顔で呟いた。
出来れば殺し合いの場ではなく、別の出会いかたをしたかった。
(もしも生きていたら、今度こそ立ち上がらないでくれよ…)
『リュート、お別れだ』
私は刻印魔石を起動した。
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