第5話 関所の攻防
『行かせねえって言っただろうが!』
関所の方から声がした。
しかし見回してみても姿は見えない。
姿は見えないが、紛れもなくそれはリュートの声だった。
『よっこいせ』
堀からリュートが這い上がってきた。
『なるほど、弾幕に隠れて逃げたかと思っていたが、堀に隠れていたというわけか』
『ワハハハハッ!そういうことだ。見事に引っ掛かったな!ワハハハハッ』
リュートは腰に手を当て、豪快に笑う。
『何か知らねえけど急に霧が出てきて火傷も治ってきたし、お前らは動かねえし、運は俺に味方してるみてえだな!』
フォッグで生み出した濃霧に包まれたことで冷やされ、リュートの体力はかなり回復しているように見える。
(霧の魔術を使った外交官の失態になるな…)
この後に叱責されるであろうことを考え、少しだけ外交官が憐れに思えた。
『ともかく元気いっぱいだぞ!』
リュートは棒の先端をバジに向け構える。
『悪いがお前たちの入国は認めねえ。大人しく帰るか戦いを続けるか、どっちを選ぶ?』
『愚問だな』
バジ将軍も剣を抜くと構えた。
『行くぞオラーー!』
リュートがバジ将軍に向かい、一直線に突撃してくる。
(疾い!)
バジ将軍は迎撃の構えをとる。
援護する暇もなく、二人は激突した。
『外交官殿、馬車の中へ!メリック小隊は馬車の警護をする!』
『了解だぜ!』
馬車を守る布陣をしている間に二人の攻防は始まった。
リュートは突進しながら横薙ぎに棒を振り払う。
バジ将軍は受けることなく距離をとって躱す。
リュートは足を止めると連続で突きを繰り出した。
(距離の取り方が上手い)
棒術の攻撃範囲の広さを活かして、自分だけが攻撃可能な距離で攻撃を続けている。
バジ将軍の援護をしたいが、ファイアー・アロー等の遠距離攻撃は、敵が自陣深くにいる場合は同士討ちになるため使うことはできない。
バジ将軍直属の部隊も遠巻きに二人の一騎討ちを見守っていた。
リュートの突きを躱すと、腕を引くのと同時にバジ将軍が間合いを詰めようとする。
剣の間合いに入れば、逆に長すぎる間合いの武器は取り回しが難しくなる。
それを嫌ったリュートは大きく後ろへ跳び、距離をとった。
『命令するだけかと思ったら、結構強いんだな』
リュートは構えを崩さずにニヤリと笑った。
『当たり前だ。力の無い者に将軍は務まらぬ』
バジ将軍はリュートを睨み付ける。
眼力の鋭さは健在だが、少し呼吸が乱れている。
『オラーー!』
再びリュートは突進し間合いを詰め、横薙ぎの一撃を放つ。
『最初に当たらなかった攻撃を繰り返すとはな!』
バジ将軍は距離をとり、その一撃を躱した。
そして振り終わりの隙を狙おうと踏み込む。
バキッ
バジ将軍の横腹にリュートの棒が叩き込まれた。
リュートは一撃を躱された後、そのまま半回転すると持ち手の部分でバジ将軍を叩きつけていたのだ。
『最初に躱したからと油断しちまったな。ワハハハハッ』
リュートは勝利を確信し、棒を担ぐと高笑いした。
片膝をつき脇腹を押さえていたバジ将軍の体が、一瞬淡く輝いた。
次の瞬間に、片膝をついたままの姿勢で剣で斜めに斬り上げた。
動けないと思い込んでいたリュートには不意打ちとなり、バジ将軍の剣はリュートの腕を掠めた。
『くそ、まだ動けたのか。お前タフだな…』
『俺に片膝をつかせたことは褒めてやるが、油断するのは早かったな』
(違う。バジ将軍は刻印魔石で回復魔術を使ったのだ)
〈ヒール〉
身体の治癒能力を高めてキズを癒す初級魔術。
回復させたい場所に光を当て、その箇所の治癒能力を高める治癒魔術である。
ただし治癒能力を高めることで、多くの体力を消耗してしまうという欠点もある。
一撃を繰り出す前にバジ将軍の体が輝いて見えたのはヒールを使った効果だったのだろう。
体力が続く限りという制限はあるが、詠唱無しで無限にキズを癒せるという優位性は計り知れない。
しかし今の不意打ちで相手の戦意を奪えなかったことは厳しい。
無理な姿勢から放った一撃なので無理はないが、リュートに与えたキズは決して深くはない。
『オラオラオラーー!』
リュートは棒を振り回しながら距離をとると、連続して突きを繰り出す。
バジ将軍は応戦するが、動きに精彩を欠いていた。
先程までは躱していた攻撃を、今では防ぐことで手一杯になっている。
『隙ありー!』
リュートの足払いがバジ将軍の足を跳ね上げる。
バジ将軍はバランスを崩し背中から倒れ落ちた。
すかさずリュートは喉元に棒の先端を突きつける。
死に体。
ぐうの音も出ない程に分かりやすい決着の形だった。
『待て!俺と勝負しろ!』
バジ将軍の直属の部隊が剣を構え、バジ将軍とリュートの間に割って入った。
『命を取るつもりはねえよ。無駄に痛い思いをする必要はねえんじゃねえか?』
『黙れ!護衛の任務すらも果たせずに引き下がれと言うのか!』
威勢が良いようでいて、声に僅かな震えがあった。
剣を握る手も小刻みに震えている。
無理もない。最強であると信じていたバジ将軍が目の前で負けたのだ。他に誰が勝てるというのか。
私はガントレットに埋め込まれた魔石に視線を落とす。
(私にはまだ切り札がある。ここで使わずに何時使うというのだ!)
『待て、リュートとやら。私と立ち合え』
私はゆっくりと剣を抜き構える。
迷いは…ない。
『関所を通すことはできねえけど追い討ちするつもりも必要も無いんだ。気が済んだら帰れよ』
リュートは面倒臭そうにボリボリと頭をかくと、私に向けて構えをとった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます