第7話 決着

再び風の魔術が発動し、空気の塊がリュートに向かっていく。

ボロボロの体で受ければ、今度こそ戦闘不能になるだろう。


リュートは逃げるわけでもなく、短く呟いた。


『〈砂の盾〉』


その瞬間、リュートの前の土が隆起し、見上げるほどの大きな壁が出現した。


『何だこれは』


意識の全てが突然現れた壁に向かう。

砂で作られたであろう壁。

土系の魔術であるとは思うが、砂の盾という魔術は聞いたことがない。

似た効果の魔術も存在するが、こんなに大きな防壁を作る効果はない。


しかもリュートが術式を構築したり詠唱をしていたようにも見えないのだ。


そんな時に空気の塊と砂の壁が衝突した。


(しまった。風の魔術のことを忘れていた!)


圧縮された大気が解放され、暴風を引き起こす。

しかも今回は暴風に砂が混じり、皮膚を切り裂いていく。


『うわあああ』


風に圧されてゴロゴロと地面を転がる。

転がり終わっても小さな弾丸のようになった砂が飛び交っているため、うつ伏せになり両腕で顔を守った。


しばらくの後、風が落ち着いたので顔を上げた。

リュートの作った砂の壁は健在だった。

ということは、壁の後ろにいたリュートは無傷ということだろう。


(完敗だ…)


自信のあった剣技でも、自分の力を超えた未知の魔術に頼ってすらも勝てなかった。

騎士としての誇りが一つ残らず崩れさった。

私は頭を下げて両腕の中に顔を埋めた。


『うっ…うぅっ…うあぁぁ…』


私は涙を止めることができず、幼子のように泣いた。

だが良いのだ。

半分砂に埋もれ、周囲には誰一人いない。

無様な姿を嗤う者もいない。

だから良い。感情の赴くままに泣こう。


少しの間の後、ドサリッと何か重いものが落ちた音がした。

続いて、聞き取れなかったが号令をかけるような声、そして叫び声と乱雑に鳴り響く足音が遠ざかっていくのが分かった。


護衛部隊は撤退し、私は取り残されたのだろう。


顔を上げる気力もなかった。

このまま眠ってしまおうか。


タッタッタッ


私の方へ走り寄ってくる足音が聞こえる。

リュートだろうか。

私は顔を上げると、走ってきたのは部下の一人だった。


背が低く、力も弱く、口下手。

歳も若く、小隊の雑用係のような扱いを受けていた者だ。


名前は、たしかミンだったか。


ミンは真っ直ぐ私のところへ走ってきた。


『隊長!だ…大丈夫ですか?』


ユサユサとミンの手が背中を揺する。


『痛い!やめろ…』


動けない程ではないが、転がりながら全身を打ったり、砂で切り刻まれてできた浅いキズがそこかしこにあるのだ。


『あっ…あっ…い、生きてる。良かった』


眠ってしまおうかとも思ったのだが、話しかけられては起きるしかない。

上体を起こすが目眩がして立ち上がることができない。

私は座った姿勢でミンに問いかけた。


『何故ここにいる?察するに撤退の指示が出ているのだろう?何故皆と共に撤退しなかったのだ?』

『あ…あっ…あ~。な、何故って聞かれると、こっ…困るけんど。たっ…隊長を置いて行くことは、でっ…でっ…できなくて』


ミンの言葉はモゴモゴしていて聞き取りにくかった。


『おっ…同じ部隊の人も、てっ…撤退の指示が出た時に隊長を置いては、いっ…行けないって言ってたんだ。でっ…でも、将軍が、軍規を、みっ…乱すなって』


普段あまり話さないためか、ミンは話すだけで酷く緊張しているようだった。


そんな時に、重い足取りの足音が近付いてきた。

リュートだった。


リュートを見ると、ミンは腰のショートソードを抜いて構えた。

しかし腰が引けており、構えも不安定だった。


(リュートはボロボロの状態だが、ろくに剣も持ったことのなさそうなミンでは太刀打ち出来ないな…)


『ミン、剣を下ろせ』

『でっ…でも…』

『いいから下ろせ。命令だ』


命令と言われ、ミンは剣を収めた。

しかし私とリュートの間に立ち、両手を広げて立ち塞がった。


『たっ…隊長には、ゆ…指一本触らせないだぞ!』

『何だ、まだやる気なのか?』


リュートは肩に担いでいた棒を持ちかえた。


『いや、我々の負けだ。私はもう動けない。私はどうなっても構わない。しかし、この者はただの雇われた荷物運びだ。見逃してやってくれ』

『たっ…隊長、オラは荷物運びじゃ…』

『黙れ!雇われただけの小間使い風情が騎士のふりをするなど許さぬぞ!』


私の怒声に、ミンは小さな悲鳴を上げると黙った。


『どうなっても構わない…か。軽々しくそういうことは言わない方が良いと思うぞ?』

『敗残の者として、それは受け入れるしかないだろう』


これは賭けだ。

戦っていた時の言葉を信じるなら、リュートは無益な殺生を好まない。

このまま逃がしてくれる可能性が半分、賭けに負けたとしても騎士としての誇りを守ることはできる。


『そうか負けを認めるんだな。おい、ちっこいの!お前も戦う気はねえってことでいいんだな?』


リュートの問いに、ミンは振り向き私の指示を待っているような顔をした。

私は静かに頷いた。


『おっ…オラも、こっ…降参するだ』


ミンは両手を下ろす。


『他のヤツらは帰ったみてえだし、これで終わりだな!いやー、良かった良かった。死ぬかと思った』


リュートは腰に手を当て満面の笑みを浮かべた。


『それじゃあ、お前。さっきどうなっても構わないって言ったな?』


リュートが私を指差す。


『騎士に二言はない』


私はリュートを真っ直ぐ見て頷いた。


『じゃあ、身体で払え。ちっこいの、お前は自由にして良いぞ』

『………えっ?えぇぇぇ!?』


(身体で払うって、つまりはそういうことか…いやいや、そんな…)


この先のことを考えると、頭がグルグルしてきた。


『そんなことをするなら、いっそここで殺せ!』

『そんなことしても俺に得はねえだろうが。だからさっき簡単に口にするなって言ってやったんだろうが』

『あっ…あっ…あぁぁぁ…』


頭が真っ白になって、私は気を失った。

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