第3話 開戦
(この人数をたった一人で相手にするつもりか?…それとも何か罠があるのか?)
私の懸念を他所に、部下が声を上げる。
『隊長!俺たちも行きましょう!指示は任せたぜ!』
部下が剣を抜き、私の指示を待っていた。
やることがなければ悪態をついてばかりだが、戦いとなると指示を受けて動く意思はあるのだな…と、少し感心した。
『相手はたった一人だ。しかも周囲はこちらの兵で囲んでいる。突撃するのではなく、万が一突破してきた時のために迎撃準備で待機!』
『了解だぜ!』
私の小隊を、リュートと使節団の中間に移動させる。
今回の任務は護衛。
外交官を守ることこそが最優先である。
配置を終え陣形を整える。
関所付近では戦いが始まっていた。
『ワハハハハッ!弱いぞ!それで本気なのか!』
リュートの持つ棒は槍のように長く、剣の間合いの外から攻撃が届いた。
また関所の出入口以外の場所には堀があり、叩き落とされている者も多かった。
二十人程でリュートを取り囲んでいたはずが、すでに半数程は堀に落とされたり打ち倒されていた。
『前衛は攻撃を続けよ!そして合図と共に散開!後衛は離れた位置から射撃準備!合図を待て!』
前衛と後衛の中間地点でバジ将軍が指示を出した。
的確な指示。
しかし声には僅かに焦燥感があった。
『聞こえたな!射撃準備!刻印魔石を用意せよ!』
私もガントレットに埋め込まれた魔石に手をかざす。
しかし、使ったことのないものを実戦の場で使うことには抵抗がある。
何故パイス国内での使用を禁止されていたのか。
そしてどんな魔術が刻印されているのか。
そもそも私は刻印魔石というものを使ったことがなかった。
刻印魔石を使うことに、戸惑いと恐怖があったのだ。
『散開!』
バジ将軍は号令をすると、自身も後衛に向かって走り出した。
号令に従い、関所前で戦っていた兵士が左右に分かれていく。
リュートは呆気に取られて、状況判断のためにキョロキョロと辺りを見回した。
『放て!』
後衛の位置まで下がったバジ将軍はリュートに向き直り、右腕を前方に突き出して号令した。
号令に従い、刻印魔石から大量の魔術が放たれた。
〈ファイアー・アロー〉
小さな炎の矢を目標に射出する魔術。
攻撃魔術の初歩であり、魔力消費も少ないため、小さな魔石でも何発分も使用可能。
しかも邪魔な目標物を焼き払うことも可能。
魔術には属性の相性が存在するため、多種多様な魔術を同時に使うと効果を打ち消してしまうことがある。
そのためバジ将軍の部隊では、指揮官以外は全員ファイアー・アローの刻印魔石が支給されていた。
何十発という炎の矢が一斉にリュートに飛んでいく。
私は…刻印魔石を発動することを躊躇ってしまった。
しかし、初めて実際に刻印魔石を取り入れた戦闘を目の当たりにして、その有効性を思い知った。
『オラッ!オラッ!オラッ!』
リュートは炎の矢を棒で叩き落とそうとする。
矢の尖端を叩くことで直撃は避けられるが、火の粉が飛び散るためダメージの蓄積は免れない。
『熱いじゃねえかこの野郎!でもこれで打ち止めか!来ないならこっちから行くぞコラーー!!』
ダメージがない筈はないのだが、リュートは仁王立ちで挑発していた。
『こちらの弾が尽きたと思っているのか』
バジ将軍は残忍な笑みを浮かべる。
『第二弾構え!…斉射!』
号令と同時に、再度炎の矢がリュートに襲いかかる。
『まだ撃てたのか!コンチクショウがーー!』
リュートは再度棒を構えると、炎の矢を叩き落としていく。
暖炉に薪を入れても燃え始めるまでには時間がかかる。
火にくべられた薪は時間と共に熱を帯び、高温になることでようやく燃えるようになるためだ。
一度目の熱に耐えられても、二度三度と繰り返し火の粉を浴びることで確実に身体は破壊されていく。
『全然効かねえな!本気でこいやー!』
リュートは棒を杖代わりにして、なんとか立っているという状態であった。
どう考えても強がっているようにしか見えないが、虚勢であっても一人で戦おうとする姿勢は、騎士として尊敬すら感じるものであった。
『強がるな。勝ち目がないことは分かっているだろう。だがお前の勇敢さは分かった。今投降すれば部下として雇ってやる。給料も今以上に支払おう。どうだ、敗けを認めるか?』
バジ将軍は穏やかな表情で問いかけた。
リュートは迷うことなく返事をした。
『一部隊を使って俺一人倒せねえようなヤツが何を言ってやがる!俺はお前たちに負ける気はねえぜ!俺を部下にしてえってんなら、俺に膝をつかせてからにしやがれ!』
『そうか。残念だ。』
バジ将軍は目を閉じ、小さく頭を左右に振った。
そして右手を突き出すと、最後の号令をかけた。
『構え…全弾撃ち尽くせ!斉射!』
刻印魔石は、使用者が起動用の魔力を注ぎ込みさえすれば即座に発動ができる。
魔石に蓄積された魔力が尽きるまでという制限があるが、連続で使用できるという点に関しては魔術士が使う魔術よりも利便性が高いと言える。
バジ将軍の号令に従い、炎の矢が一斉に放たれた。
先程までは数十本の矢であったが、矢継ぎ早に何百本と放たれていった。
その圧倒的な炎の波に飲み込まれ、リュートの姿が見えなくなった。
しばらくの後、炎の矢を撃ち終えたその場には、何もなかった。
そう、リュートの倒れた姿すらもそこにはなかったのである。
『フッ…フハハハ…これはいっぱい食わされた。弾幕に隠れて逃げ去ったのだな』
バジ将軍は愉快そうに笑った。
完全に手玉に取られたわけであるが、悔しさよりも清々しさがあった。
機を見極め、最善の行いを為せ。
戦術の極意である。
リュートはまさにそれを体現してみせたのである。
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