第2話 出会い
近付いてみると、木造の粗末な関所であった。
関所の門の前には、長い棒を持ち、頭にバンダナを巻いた、土に汚れた服を着た農民風の男が立ち塞がっていた。
『止まれ!俺は自警団の者だ。ここを通るなら通行料を払ってもらうぞ!』
隊列の後方へも聞こえるくらいの大声で男は叫んだ。
隊列の先頭付近にいる私としては、耳が痛くなるほどの声量だ。
『それと、武器を預けていってもらおう!道中が心配なら、俺たちが護衛していってやるから心配するな!護衛料は別途もらうけどな!ワハハハハッ』
何が可笑しいのか分からないが、男は仰け反りながら大笑いしている。
先頭にいた部隊の隊長が苛立った口調で返答する。
『我々はパイス国の使節団であるぞ!国の使節団から通行料を徴収し、しかも武器を預けろというのはどういうことだ!』
『バカ野郎!通行料は街道の整備費用だ!俺たちが整備した道を使ってるのに無料で通せだと!パイスの使節団っつーのは随分しみったれた集団みてえだな!』
『貴様!ロディアの田舎者風情が偉そうに!』
『通行料も払えねえ貧乏国家はお呼びじゃねえんだよ!金はいらねえから帰りやがれ!』
売り言葉に買い言葉で、口喧嘩が始まってしまう。
隊列は足止めされ、罵り合いが始まり、空気が殺気立っていく。
『何だあの野郎は!たった一人のくせしてパイス国に喧嘩を売るつもりか!』
殺気立った空気に感化されたのか、部下が苛立った声で吐き捨てるように言った。
(自分が有利であると思うと強気になる。しかもパイス国に喧嘩を売ると主語を大きくさせる。やはりこの男は好きになれそうにないな…)
しかし、皆が苛立つのは分からないではない。
目の前で騒いでいる部下もそうであるが、ジブルでの戦いがしたくて鬱憤が溜まっている者や、手柄を立てたがっている者も大勢いるのだ。
私とて一兵卒の立場なら少なからず同調していたかもしれない。
(…とはいえ、こんなところで問題を起こすことは得策ではない)
『静まれ!何をしておるか!』
『見て分からないか?…ハッ!?バジ将軍!こ…この男がここを通さないなどと言うもので…』
隊列の先頭まで移動して来たバジ将軍の姿を見ると、最初に言い争いを始めた隊長が慌てて敬礼をして応えた。
『ここを通さないというのは、どういうことだ?』
バジ将軍は男に向き直ると、威圧感を含む声で語りかけた。
『通さないとは言ってねえよ。関所を通るなら通行料を支払えと言っただけだ』
男はバジ将軍の威圧感を感じないかのように、平然と応える。
『部下が失礼をした。通行料は当然支払う。だが、そなたにその権限があるのか?見たところ関所の番兵には見えないが』
『俺は番兵じゃねえよ。自警団のリュートだ。ホラ、ちゃんとバッジもあるぜ』
リュートと名乗った男は、胸に付いた星が刻印されたバッジを指差した。
見せられたところで、それが本物の自警団バッジであるのかは分からない。
そもそも他国の自警団のことなど我々が知る筈もなかった。
『ではリュート殿、通行料は支払おう。いくらだ?』
『通行料は一人5バッツ!今回は十人を超えてるから団体割引で一人4バッツだ!』
(パイスへの入国はその何倍もかかるのに随分と安いな。その程度の金額を出し渋ったと思われることが恥ずかしいくらいだ…)
バジ将軍は皮袋を持ってこさせると、一つをリュートに手渡した。
『5000バッツある。多い分は迷惑料として受け取ってくれ。それでは、通してもらうぞ』
『ダメだ』
リュートは関所を塞ぐように、手にした棒を水平に構えた。
『どういうことだ?通行料は支払ったであろう』
バジ将軍の声に苛立ちが混じる。
『最初に言った通り、ここを通りたいなら通行料を支払うことと、武器を預けることが条件だ。さっき大量に金はもらったから、道中の護衛は無料でやってやるぞ!ワハハハハッ』
『そなた、騎士に対して武器を手放せと言うのか?』
バジ将軍の言葉に周囲の空気が張り詰めていく。
無理はない。騎士にとって武器の放棄は相手への服従と同義だ。
『当然だろう。観光や交易なら歓迎だが、戦争を始めるような格好の人間を何十人も通すことはできねえな』
『こちらとしても使節団の護衛という任務がある。武器を持たなければ護衛は務まらん。今回は争うために遣わされたわけではないのだ。通されよ』
『任務だって言うなら、この国の治安を守るのが俺たち自警団の任務だ。それに道中の護衛はするって言ってるんだ。何の不自由があるってんだ』
バジ将軍は殺気のこもった眼光でリュートを睨み付けている。
そんなバジ将軍をリュートは軽くあしらっていた。
『これが最後だ。任務の遂行と騎士の名誉のため、武器を預けることは出来ない。このまま通してくれ』
バジ将軍は深く頭を下げた。
『ダメだ。お前たちの理屈も分からねえことはねえが、俺たちも国を守る任務でやってるんだ。だが、どうしてもと言うなら護衛として五人だけ武装を許そう』
『五人だけだと…』
『そうだ。道中の護衛は俺たちがやるが、それでも心配なら五人の武装を許可する。五人いればその馬車の周囲を守ることくらいできるだろう?』
リュートは外交官の乗る馬車を指差して言った。
『まあ、この国に野盗みたいな悪いやつはいねえから心配するな。道中の安全は自警団の俺が保証するぜ!ワハハハハッ』
『他国の使者が頭を下げたというのに、それでも騎士の名誉を捨てろと言うのだな』
バジ将軍の言葉には明確な怒りが込められていた。
『騎士の名誉だとか、そんなもののために任務の遂行を犠牲にしてるだけだろう。というか、俺なら武器無しでも護衛くらいできるけどな』
張り詰めきった空気が、ついに弾けた。
『交渉決裂だ!元より貴様が強請や追い剥ぎでないという保証はないのだ。このまま通らせてもらう!力ずくでもな!』
オォォォ!!
バジ将軍の言葉に、後方で状況を見ていた兵士が歓声を上げた。
『武器を抜いて近寄って来たら、容赦はしねえぞ』
リュートはヘラヘラした態度から一変し、棒を構えてこちらを睨み付けてきた。
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