第1話 旅立ち

『何故だ!何故ジブルではなくロディアへ行かなければならないのだ!』


部下が何度目になるのか分からない文句を口にした。


『しつこいぞ、何度も言わせるな。大きな戦をするなら背後からの脅威を取り除く必要がある。そのための使節団の護衛である』

『そんなことは分かってる!だがな、ロディアの国力はパイスの十分の一以下だ!攻めてくる可能性なんて考えられない!隊長だってそう思うだろう!』


いちいち耳障りな男だ。

聞けば聞くほど頭にくる。

本音で言えば私自身もそう感じているのだから、何度も苛立たせる言葉を繰り返すな。


今回の任務は、ジブル侵攻の前線に赴くことではなく、背後を固めるための同盟交渉の使節団の護衛。

それも行き先は周辺国で最も小さい、山奥のロディア国である。

誰かがやらねばならない任務であることは確かだが、この任務を与えられたということは私への期待は少ないのではないかと感じてしまう。


『ロディアは小国だし、使節団とは言っても外交官も下級。僻地の任務…女が隊長の部隊じゃあ前線で手柄をあげることなんか期待をされてないってことだろうな!面白くねえ!』


部下はぶつぶつ文句を言いながら、足元の小石を蹴り上げた。


(日の当たらない任務も嫌だが、こんな下劣な人間が部下だということは、もっと堪えがたいな…)


怒りで拳を固く握っていた時だった。


『それくらいにしておけ』


延々と続く部下の愚痴を制したのはバジ将軍であった。


『今回の護衛はガシュー大将軍からの指示である。お主は大将軍の指示に不満があるというのか』


声色に怒りは感じないが、その眼光は殺気を放っていた。

口には出さないが『これ以上文句を言うならば斬る』と言っているようだ。


『いえ…そんな、決して不満なんてございません…』

『それならば良い。今後は口を慎め』


すっかり萎縮した部下の姿を確認すると、バジ将軍は瞬きをして普段通りの眼に戻った。

しかし部下がホッと胸を撫で下ろした瞬間に、再び眼に殺気を宿らせた。


『重ねて、軍規を乱すことも許さん。メリックはお主よりも若い女である。だがお主の隊長だ。言葉遣いと態度を改めよ』

『は、はいっ!失礼しました!』


部下は再度の殺気を感じ、地面にひれ伏して震えている。

バジ将軍が去ると、部下は毒気を抜かれたような表情で肩を落としてトボトボと歩き始めた。


(強い者には歯向かうことなく従うか。つくづく性根が悪い…しかし、自分の隊長としての力量不足が原因なことも事実か…)


将軍という肩書きはあるが、バジ将軍はまだ二十代。

荒くれ者や老練な者等、その若さで様々な兵士を統率する手腕は見習うべきものだろう。



『隊長として部隊をまとめきれず申し訳ありません』


小休止の時間にバジ将軍の部隊に赴き、私はバジ将軍に頭を下げた。


『苦労しているな、メリック。無理もない。初陣だというのに隊長の役を与えられ、年上の部下を率いることになったのだからな』

『はい…』

『気にすることも責任を感じることもない。自分とて最初は部下というものの扱いには苦労させられたものだ。部下をまとめることに比べたら、前線で剣を振るうことの方がよっぽど気楽で簡単だと今でも感じているくらいだ』


バジ将軍はヤレヤレというように肩をすくめると、微笑んでみせた。

自然と重い雰囲気が和らいでいく。


『若いというだけで相手を下に見ようとする者は大勢いる。いや、何の理由もなく自分は他人よりも偉いのだと思いたい人間は多い。しかしメリックが隊長になったのは、大勢の人間が優秀であると認めているからに他ならない。自信を持て』


恐らくだが、バジ将軍自身が二十代という若さで将軍となったことで受けてきた苦労の経験からの言葉なのだろう。


『その証拠に、その刻印魔石をメリックに持たせたのであろう』


バジ将軍が私のガントレットに埋め込まれた、碧色の石を指差した。

隊長に任命された時に授与された物であった。


『コレは試してくるように言われたもので、言わば試作品。私は実験台に選ばれたに過ぎません』

『謙遜をするな。試作品ということは最新型ということだ。しかも天然魔石であろう?使いこなすことが出来れば先駆者となれるのだぞ』


先程の悪態をつく部下を黙らせたことや、私にかけてくれる励ましの言葉。

バジ将軍の人心掌握の巧みさには驚くばかりだ。


『今回の護衛任務は、決して華々しいものではないが、国のために必要なこと。目立つ任務だけが重要な任務ということはない。それにガシュー大将軍も初陣前の一人娘を、相手の手の内が見えぬ状態の最前線へ送りたくはなかったのだろう』


『大将軍の娘』…私の嫌いな言葉であった。

騎士を志してから何度言われたか分からないが、大将軍の娘と言われる度に、親の七光と言われているようで良い気はしなかった。

そのことをやっかむ人間も多くいるが、バジ将軍の言葉はそういった悪意の含まれた類いのものではない。


それでも、良い気はしなかった。


(ここは話題を変えることにしよう)


『バジ将軍は刻印魔石の有効性については、どのように評価されていますか?』

『そうだな…高価であるということを除けば、あって損はない代物であると考えているな』


人間には生まれつき体力と魔力が備わっている。

体力や武器の扱いを鍛えることで戦士に、魔力や魔術知識を鍛えることで魔術士になることができる。

そのため多くの戦士は魔術を使うことを苦手としていた。


『城攻めの際に、攻める側と守る側、どちらが有利であるか知っているな?』

『勿論です。守る側が圧倒的に有利です』


戦士が魔術を使うことを苦手とする一方、魔術士は体力の無さから遠征すること自体を苦手としていた。

そのため多くの城攻めの際には、魔術による支援が見込める守る側に対し、攻める側は魔術の支援が乏しい状態で戦うことになるのだ。


『しかし、刻印魔石があれば城攻めの不利を対等にすることも可能だ。新たに手に入れた刻印魔石の技術の強みを最大限に活かすためにも、ジブル侵攻は早期決着を目指したいものだな』


バジ将軍の言葉には願望ではなく決意が含まれていた。


刻印魔石とは、魔力を蓄える性質の魔石に魔術の術式を刻み込んだもの。

そうすることで、魔術を学んでいない者であっても起動の魔力を込めることで刻み込まれた魔術を発動することが出来るという代物である。


『私は、あまり好きではありません。自らの努力で身に付けた力以外は信用が出来ないのです』

『そうか。それなら、このように考えてみてはどうだ?この剣も鎧も自分で作った物ではない。しかし使いこなす努力をしたことで信用が出来る物となるだろう。刻印魔石も同じように自分のものとすることを心掛ければ良い』

『なるほど。そのような考え方も出来るのですね』


バジ将軍の言葉は傲慢さや押し付けがない。

話せば話すほど、人として信頼するに足る人物であると思えた。



小休止を終え行軍を再開する。

先程注意された部下はムスッとした顔をしていたが、煩わしい文句は言わなくなっていた。


(天然魔石の刻印魔石か…)


ガントレットに埋め込まれた魔石に触れる。


魔石は大きさで蓄えられる魔力の量が変わる。

天然魔石は周囲に満ちた魔力を自然に取り込み、人工魔石は身に付けた者の魔力を取り込む。

人工的に作り出せる人工魔石に比べ、天然魔石は希少で高価(人工魔石も十分に高価であるが)となっている。


(この大きさの天然魔石…五人部隊の隊長に持たせるには高価過ぎる。先程『試作品の実験台にされた』と言ったが、案外その通りなのかもしれないな)


そのようなことを考えていると、ロディア国の関所が見えてきた。

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