第2話 胸に空いた大きな穴

正直どうやって家に帰ってきたかまったく思い出せない。



今日、朝、親友の承の片想い相手が彼氏が出来たって噂を聞いてしまった。

その片想い相手は中学時代、学年一の美人にして、テストも毎回一位。テニスも全国大会に出場する程の娘で、俺たちの代では『完璧女子』の異名を持つ娘。

皐月もすっごい意識していた香椎さん。

香椎さんは県内最難関の高校へ進学したんだけど…、あれだけの女の子だからな…。

承に伝えようと昼間にロインを送り、どう話すか考えてると、この皐月のカミングアウトだった。



俺にだって友達は何人も居るし、皐月が全てでは無い。

それでも俺の心の中を大きく占める存在は親友の承と彼女の皐月。

承のドタバタしたラブコメみたいな日々をフォローして、皐月とのんびり想いを育んで、クラスの仲間達と、イベントを、学校行事を全力で戦う!そんな中学時代だった。

形は変われども似た日々が続くものと信じていた



でも、限界…承、俺さ、俺、頭が働かない。




おれもうだめ


と、だけ打つ。

しばらくボーってしてた。






『宏介?』



『…。』


いつまでそうしてたのだろう?

気付いたら部屋は真っ暗になっていた。

目の前には酷い顔した承が居る。

いつ見ても普通な男。

でも武将のような漢。熱い魂と類希な誠実さを持つ優しい男。

子供の頃からの無二の親友は気遣わし気に俺を見てる。



そんな顔すんなよ?



『宏介!』

親友は動揺している。

まだ肝心な、動揺する事はまだ言ってないぞ?





『…ああ、し、承か…。』


がらがらな声しか出ない…?あれ、話しにくい?

また、吃音が、出ちゃう。

話したく無い、話さなきゃ、どもり、どもりが出ちゃう…いや、承だから、承だから大丈夫。

承は、俺をバカにしない、…皐月のようには。





『…じ、じ、じつは、か、かしい、香椎さんが彼氏で、出来たって噂が出てて…。』



『…俺も実はさっき聞いた…。』



『まままだ、本当かわかなないじゃないか。承?』


いつも、心して冷静に、吃らないように意識して話しをしてるんだけど、今日は無理。

多分あの娘は承が好き。誤報かもでしょ?


承は顔を曇らせながらも、



『…俺も聞いたからそうなんだろう。

そんなことより!どうしたの!宏介!』



承はいつもこうだ。自分の事よりも人の事ばかり。

…でも、俺も限界だった。






『…さ、さ、皐月が…ね?

他の…男と…付き合い出したって…。


昨日、昨日、昨日初めてシタんだって…。



ははは!

ちょっと何言ってるかわからない。』



サンドイッチマンのネタに出てくるワード。

承の口癖。実は俺はよく真似をしてる、承っぽいよね。


承は部屋の電気を点けて、カーテンをきっちり閉めて、母さんに頼んだのかな?暖かいお茶を2人分入れて持ってきて、部屋の隅で壁にもたれかかると、


『言いたいこと、思ってること吐き出してしまえよ。

俺、聞くから。』


俺は文法も中身もまとまらない話をする。

まるで嘔吐するように。

何度も何度もつっかえながら、えづきながら。

それでも、心の奥にまだ何か残してる。


承はぶつぶつ内容を復唱する。

地味美人だった宏介の彼女の三島皐月はかねてから自分はカースト上位の女の子だと思ってて、高校入学を機に高校デビュー!

髪を切り、メイクを派手にして、制服を着崩す。

清楚だった娘が急速に派手な女の子に早替わり!

新しい学校で今までと違う自分、周囲に己を見失い、派手で遊び慣れた男にコロっとイカれちゃった?

…そして今日。昨日そのチャラい男に抱かれたって三島皐月に言われ、もう話しかけてくんなって?

ふぁっく!!



承はブチ切れた。

承は基本的に人の悪口を言わない。

大嫌いな、何度もバチバチにやり合ってた腹黒イケメンですら良いところを必ず認めてしまうお人好しな男。


それが?

皐月を糞の味噌の?

俺より怒ってるから呆気に取られちゃう。


『宏介、今から家行って、家族にお宅の娘さん身も心も汚れエロガッパですよ!って言いに行こう!』


俺の為に怒ってくれる。それがなんか嬉しい。

でも大事な親友が、大事な彼女を罵る光景は本当に辛い。




承は人の心の痛みがわかる漢。

だから俺の心情を慮って色々、話しをしてくれる。俺は話し疲れちゃってそれを静かに聞く。


承は、



『…俺察しが悪くって時間かかったわ。

ごめん宏介。


聞かせてよ?嫌な事ばかりじゃ無かったんだね?楽しい、幸せな記憶がどれだけあったのか…いまさらだけど教えてよ?』



俺の目から滂沱と熱い涙が流れ出る。

さっき感じた、心の奥に残ったものが、感情が渦を巻く様に吹き出す。

その濁流はダムが決壊するような、思いの奔流だった。


小5のクリスマスパーティーで隣に座った三島皐月との馴れ初め。


日々重ねていく思い出と交流。

中学生を機に交際がはじまり、駅前や河川敷公園でのデートやターミナル駅で買い物したり、一緒の高校へ行こうねって一緒に勉強して、合格して!

卒業式の日家の前の中学校の図書室で初めてキスして、入学式に手を繋いで一緒に行って…。


そんな、素敵な日々だった。



腹が立つし、裏切られた、もう二度と逢いたく無い!

…でも、好きだったんだよ!まだ整理なんてできない。

嫌いになんかなれない!



自分でもわからなかった、親友に協力してしてもらった心の大掃除。

怒り、憎しみ、悲しみ、嫉妬、黒い感情の濁流を全部流すと、残ったのは綺麗な思い出だけ。

写真の切り抜きのような幸せな日々の思い出は先程の黒い感情よりも俺の心を痛めつけて、傷つける。





それでも、



絞り出した心に残った最後の一滴は


『大好きだったよ、ありがとう。』



承はもう、何も話さない。

本当にありがとう。

承が居てくれたから、俺はその境地に辿り着く。




わかってる、多分すぐぶり返して、またフラッシュバックして、なかなか吹っ切れないだろう。

でも、承のおかげで自分の心の奥が見えた。



まだ心は痛いし、悲しいし、苦しいし、惨めだし、腹も立つだろうけど。

また皐月に会うこともあるだろうし、見せつけられたり、心の傷が開くこともあるだろう。

でも、時間はかかるかもだけど、きっと立ち直れる。






『…す、すまない、俺明日は休む。

でも明後日からは元通り。でも明日だけは多分返事とかできない。』



『いいよ、2日でも、3日でもいいじゃん。』


承は笑いながら帰って行った。

あれ泣いてる。

長い付き合いだからわかる。


承が居てくれて本当に良かった。


奇しくも俺と親友は同時に恋が終わった。

高校生活はまだ始まったばかりだけど。

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