第八十話 皇太子
一つの炎がソフィアの手を離れたが、また次の炎が手の平に現れる。
レミリアを始め取り巻き達はひいっと身体を寄せ合う。
「何も殺すほどじゃねえ奴らばかりだし、聖女候補のレミリア様がいらっしゃるんだ。たいていの傷は治るんだろ?」
そう言ったソフィアは嬉しそうに無邪気に笑った。
「え」
取り巻き達は互いの顔を見合わせ、レミリアの側へ寄った。
一つ目の炎がふらりと動き、レミリアの側に寄りごおっと大きく燃え盛った。
「あ、熱い!」
火花が散り、それが令嬢達の顔や髪の毛にくっつくとそこから火が上がった。
ソフィアは楽しそうな顔で次々に炎を生み出す。
「止めなさい!」
レミリアは怒鳴った。
「誰か、教授か警備の者を呼びなさい!」
しかし、令嬢達は立ちすくんで動けない。
ただ自分に襲いかかってくる小さな火の弾から逃れようと逃げ惑うばかりだ。
「ソフィア様……」
泣き出しそうなレイラがソフィアの制服の裾を引っ張った。
「レイラは優しいね。こんなやつら、まる焦げになったって構いやしないよ」
「でもソフィア様、レミリア様にこんな……」
「はいはい」
ソフィアが指を鳴らすと、天井から大量の水が降ってきて、レミリアらを濡らした。
火は消えたが令嬢達はずぶ濡れで、焼け焦げた制服と頬や手の火傷が真っ赤に腫れていた。
「何をしている!」
と声がして入って来たのは王位継承権第一位のカルロス・ファギータ皇太子だった。
年齢はレミリアと同じ18歳の高等部上級生、国務を担い学院の運営にはあまり顔を出さないが、魔法学院の中では最上級貴族の子息だ。表向きは貴族、庶民の差を無くし平等を謳う学院だが、実体は権力が物を言い皇太子からして傲慢で人間に高下をつけたがる最たるものだった。
「カルロス様!」
レミリアが駆け寄りしくしくと泣いて見せた。
ドレスは焼け焦げ、腕や肌にも赤い火傷の跡がうっすらついている。
「どうしたのだこれは!」
レミリアや取り巻き達の惨状を見て、カルロスが怒鳴った。
ブラウンの髪に緑色の瞳、鍛えられほどよい筋肉がつき高身長だ。
しかし見た目は醜い青年だった。
国王家は財力もあり、軍力もある。騎士団や貴族を従わせる力は十分だが、美的には恵まれていなかった。
皇太子であるカルロスも下二人の弟も、容姿には恵まれずにいた。
だが皇太子、第二皇子、第三王子であるので、貴族の娘達は無条件でもてはやす。
「あの娘がしでかしましたの! たかが伯爵家の分際で!」
とレミリアが言い、カルロスはソフィアを見て腕を大きく振り上げた。
バシ! と派手な音がし、ソフィアの華奢な身体が吹っ飛んで床に落ちた。
大きなカルロスの手で殴られたソフィアの頬は真っ赤に腫れ上がった。
ソフィアはケホンケホンと咳をしながら立ち上がってカルロスを見上げた。
「貴様! 伯爵家ごときで皇太子妃に無礼を働くなど言語道断! ただちに家は取り潰しだ! お前のその首もギロチンにかけてやるからな!」
と皇太子が怒鳴った。
容姿もさることながら、内面も陰険、容姿のコンプレックスから他人の些細な過ちも許さない狭量な人間だった。
人々は皇太子に媚びへつらいながらも、彼が国王になった後の国を憂う臣下も多かった。
「申し訳ありません、カルロス様」
と現れたのはローガンで、彼は皇太子の前に膝をついた。
宮廷ではともかく学院の中では平等を謳っているので、膝をつくのは珍しい行為だった。
「妹はまだ幼く、最近発現した魔力をまだコントロール出来ないのです。どうかお許しを」
ローガンは跪いたまま、皇太子に謝罪した。
カルロスはローガンの事をもちろん知っていた。
生徒総会長のケイトの従兄弟であり、学院で一番美しい青年。
金髪に碧眼、魔法量も多く成績は優秀、学院中の女生徒や女教師までローガンの虜だという噂がある。
噂通り、目の前に現れたローガンは美しい青年で、金髪と笑顔が輝く。
「ロ、ローガン・ヘンデルか」
「はい、申し訳ありません。我が国の太陽、聡明で慈悲深いカルロス様、どうか未熟な妹をお許しください」
そう言ってカルロスを見上げたローガンに同情と憐憫の視線が集まる。
「姉のケイトはあなたの婚約者であるレミリア様の親友としていただいております。どうか姉との友情を思い出して下さい、レミリア様」
とローガンは悲しそうに続けた後、頭を垂れた。
このままでは美しいローガンが被害者で、それを許さないカルロスは非道という印象になるのは確実だった。
「むぅ……それならば魔力をきちんと制御出来るようにしたまえ!!」
とカルロスは言い、レミリアは不服そうに、
「カルロス様! ソフィアは皇太子妃であり聖女候補の私にこんな怪我をさせたのですよ!」
と叫んだ。
「もういい! この騒ぎは終わりだ! 君も聖女候補なら怪我は治癒魔法で治しなさい!」
とカルロスは言ってレミリアを睨んだ。
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