第七十三話 ダイニングへ向かう
ミルルとメルルを連れたケイトと、ローガン、エリオット、それにマイアとメアリを連れたソフィアがダイニングルームの前で鉢合わせした。
ケイトははっと身を引いた。
ローガンとエリオットがソフィアに肩入れしているのは感じている。
まさか二人がすでに死亡していて、魔族に取り付かれているとは思っていなかった。
ナイト・デ・オルボンを招いての夕食も悪夢のようだったが、帰り際にオルボン侯爵令息がケイトに素晴らしい笑顔と優しい言葉をかけたので、ケイトはそれ以外は忘れる事にした。
一刻も早くナイト・デ・オルボンに輿入れをし、この家から出て行くのがケイトの望みだった。オルボン家は素晴らしい広大な領地に資産だと聞いているし、そこへ嫁げば侯爵夫人として上級貴族の仲間入りだ。
ケイトはその為にはナイト・デ・オルボンが自分へした狼藉も許し、忘れる事にした。
醜悪でこの世の毒を全て背負っていたような男を一度は殺したと思っていたがナイト・デ・オルボンは再び現れ、生まれ変わったように美しかった。
婚約の手土産に素晴らしい宝石やドレスを贈って寄越し、菓子や香水、珍しい遠方の国の布や植物など。
したためられた手紙も上品で教養があり達筆だった。
そしてケイトはそれを受け入れて全てを忘れる事にしたのだった。
「ケイト姉様」
とソフィアが声をかけると、ケイトはビクッと身体を震わせてた。
ソフィアの方を見もせず、うつむき加減で足を止めた。
「私、お父様に酷く叱られそうな気がします」
「そ、そんな事はないんじゃないかしら……」
「もちろん、叱られた所で痛くも痒くもないけど。私、マーガレット夫人にはそれはたくさんの恨みがありますから、お姉様は口出ししないで頂けたらと思います」
「え?」
「ナイト・デ・オルボン様と結婚したいのでしょ? 侯爵夫人になりたいなら今から何が起こっても黙ってていただけます?」
「お母様に何を……」
「こっちが聞きたいわ。あのババアが私のお母様に何をしたのか」
ソフィアにじっと見つめられ、ケイトは目をそらした。
マーガレット夫人がソフィアの母親にどんな仕打ちをしていたのか、側にいたケイトはよく知っていた。ミランダが懐妊して第二婦人となった時、ケイトはすでに10歳でナタリーは9歳、夫の浮気に荒れ狂った夫人は自分の不運を子供達の前でも隠さなかった。むしろ積極的にミランダを悪く扱い、子供達にもそれを見習わせた。
暴言を吐き、棒で叩き、食事はもちろん身の周りの世話すらさせず、今、現在ソフィアが暮らすじめっとしたメイド部屋の一室で薄いスープを啜るくらいだった。
屋敷中の使用人は夫人の言いなりで、身重のミランダに乱暴を働く若い下働きの男達、憂さ晴らしにつらく当たるメイド達。夫人の機嫌取りの為に、ありとあらゆる嫌がらせをされ、その美しい銀髪は抜け落ち禿げになった。わずかでも栄養は全て胎内のソフィアへと望み、痩せ細り歯も抜け、骨と皮だけになってもソフィアを守った。
醜くなったミランダを伯爵は見捨てた。
ソフィアが産まれて来る事を望まない夫人は何とかしてミランダから子を奪おうとしたが、ソフィアは流れることがなかった。
しびれを切らした夫人は寒い冬にミランダを馬小屋へ移動させ、それが元で流産すればミランダの身も危うくなるだろう、と期待していた。馬小屋で藁にくるまるミランダは何人かの心ある同僚がいなければとても生き長らえる事は出来なかった。
そしてミランダは死んだが、命を賭して産んだソフィアは残った。
銀髪のミランダに似た美しい赤ん坊だった。
それはますます夫人とその娘達を苛立たせた。
どこかに捨てて来なさい!と叫んだ夫人をたしなめたのは伯爵だった。
赤ん坊でありながら美しいソフィアは将来必ず伯爵家の役に立つはずだという目論見があった。
伯爵はメイド部屋の一室で、最低限の暮しをさせる事を命じ、夫人とその子供達はその命令に従う素振りを見せながらも、八年間、ソフィアを死なせないように虐待し続けた。
「不服そうね。まあ、そうか、こないだまであんだけあたしを見下して、虐めたからねぇ。まさか、あたしが反逆するとは思ってもなかったんでしょ? あのメソメソちゃんがね」
ケイトの身体はガタガタと震えている。
「デブに付かせてるフランババアもエリオットの部屋で生きたおやつ箱になってるシリルも、お前も死んだ方がましだって目に遭わせてやるからな? ほんとはナタリーだってもっと遊ぶ予定だったんだ。ローガンが勝手にやっちまうからさ!」
とソフィアがローガンを睨み、ケイトは真っ青な顔でローガンを見た。
「そう言わないで下さい、ソフィア様」
ローガンはそう言い、ソフィアの手を取りその甲にちゅっとキスをしてから、
「ですからケイト姉様には手を出してないじゃないですか。この間だって、ナイト・デ・オルボンを転位魔法で連れてきて差し上げたし」
と言って笑った。
「ご、めんなさい……」
ケイトはそう言うのが精一杯だったが、ソフィアはにっこりと笑って、
「ごめんなさいって何だ? あ? ふざけてんのか? 今度ごめんなさいつったらナイト・デ・オルボンを元の姿に戻すからな。お前、それと結婚して一日中子作りしろよな」
と言った。
「おえっ!」
とケイトの喉が嘔吐いた瞬間にダイニングルームのドアが開いて、ワルドがそこに立っていた。
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