第六十六話 ルイスの提案
「話ってなんだい? ルイス」
新しい菓子に手を伸ばしながらマルクが聞いた。
一体いくつ食べたのか、フランはマルクが食べた焼き菓子を数えるのを諦め、新たに紅茶を注いだ。
「ああ……一つ聞きたいんだが、君の妹のソフィア嬢はその……もう誰かと婚約をしているのかい?」
「ソフィア?」
とマルクが言い、菓子を食べる手が止まった。
「ああ」
「いや、まだそんな話は聞いてないないが」
「そうか、ではその、私とソフィア嬢の婚約を考えていただける余地はあるだろうか?」
「はぁ?」
とマルクが奇妙な声を上げた。
フランも口を押さえて、「恐ろしい」という言葉を飲み込んだ。
「なんだ君、ソフィアを気に入ったのか?」
「そ、そうだ。とても可憐で愛くるしい人だ」
と言うルイスにマルクは笑った。
「変わってるなぁ。あの子、見た目は子供だけど恐ろしいよ?」
「え? そうなのか?」
「うん、そう。なあ、フラン」
とマルクがフランの方へ振り返った。
「は……はい。マルク様の仰る通りでございます」
「どういう風に恐ろしいんだい?」
ルイスは首を傾げている。
「高等魔法をお使いになります」
とフランが消え入るような声で言った。
「高等魔法? あの年で? 素晴らしいじゃないか!」
アーンシェ家は古来よりずば抜けた剣士を輩出する事で手柄を立て、国にアピールしてきた。それ以外に魔力を強みとする一族もあり、ともに協力して魔族へ対抗しているがどれだけ力を発揮しても柄は二分、ともすれば手を抜いて相手方へ押しつけても報奨は同額だ。
お互いそれを憎らしく思い協力はしたくない、だが魔法も武力もなければ魔族討伐には時間がかかり被害も大きい。
よってそれぞれが自分にない力を取り込もうとする動きが活発だった。
力で制圧するアーンシェ家は魔力を有し魔法を使える娘を娶るように動いていた。
その場合は好みも性格も考慮せず、ただ魔力が強く、それなりの家柄である娘。
ソフィアに一目惚れしたルイスには高等魔法を使える可憐な八歳の女児との出会いはまさしく天啓に等しかった。
「どうだろう? 考えてもらえないだろうか? 君の父上は、静養に領地へお戻りだとは聞いているが手紙をしたためたいと思う。なんなら領地まで伺う。だから君からその話をしてもらえないだろうか?」
「えー、本気なのかい?」
マルクは渋い顔でルイスを見た。
「もちろん本気だとも!」
「まあ、聞いてみるくらいはいいけどローガンが承知しないだろうと思うよ?」
「ローガン? 君の従兄弟なら本家筋ではないから婚姻に口を出す権利はないし、君の父上に承知していただけたらそれですむ話だ」
「そうじゃないんだよなぁ。な、フラン」
面倒くさくなったマルクはフランに話題を振った。
「は、はい。アーンシェ様……あの方達に近寄っては……恐ろしい事が起きます」
と言うフランの声は震えていた。
フランはシリルがまだエリオットのおやつ箱として彼の部屋にある事を知っていた。
エリオットが不在の歳にシリルの世話を言いつけられているからだ。
シリルは復活魔法で何度食い千切られても、死んだ瞬間に完全に身体が復活する。
よって精神の狂いも完全に元に戻される。
狂う事も許されず、エリオットの気が向いた時に喰われ、時にはエリオットを訪問してきた魔族にも振る舞われる。フランはその食い残しを片付け部屋の掃除をする。
初めはシリルもフランに怒りや憎しみをぶつけていたが、やがてそれは変化した。
エリオット不在の時、シリルは別に縛られてもおらず繋がれてもいない。
それなのにシリルは逃げようとせず、「エリオット様ぁ」と呟き続けるようになっていた。あまりに辛い体験のせいかシリルはエリオットを愛する真似事を始めた。
精神は狂っていないが食べられる事が最上級の愛だと思い込む事で現実から逃亡し、やがてシリルの身体は食される瞬間に快感を感じるようになっていた。
最近ではフランが世話に行っても恨み言も言わず、むしろフランを哀れむ。
「マルク様の世話? その制服で? 婆ぁが無理して着ちゃって。みっともない。あ、そうそう、湯と石鹸持ってきて湯浴みさせてくれません? 綺麗な身体でエリオット様に食べていただくんですからぁ!」
満面の笑みでそう言うシリルにフランはゾッとした。
人間ではないエリオットとその上に君臨するソフィアの力関係。
ソフィアは魔族すらも従える魔力を持った人間だ、とフランは理解していた。
「頼むからヘンデル伯爵に話をしてもらえないかな?」
マルクとフランの忠告はルイスの耳に入らないようだった。
彼は理想の娘に会えた喜びで顔が輝いていた。
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