第六十五話 マルクのお茶会
「久しぶりじゃないか」
と手を差し出してきたマルクを見てルイス・アーンシェが驚きを隠せたのは普段からの騎士としての教えを心に刻んでいるという理由が二割だった。
我を見失わず、情を表に出さず、いついかなる時でも冷静沈着であれ。
マルクがふっくらしているのは幼少の頃から知っていたし、学院時代にパーティを組んだキャンプレッスンの時も肥満型だったが、この数年で肥満は超特大肥満になり、頬に肉が付きすぎて口が巨大水棲魔族のシーホースのようになって半開きだ。
マルクは嬉しそうに旧友を出迎え椅子を勧めた。
「ああ、とても久しぶりだ。壮健そうで何より」
と答えてから、ようやく他にも椅子に座る人間がいることに気がついたような振りをした。
「紹介しよう。従兄弟のローガンとエリオット、それに妹のソフィアだ。君、先日のキャンプレッスンの事を聞きにきたんだろう? 弟さんは気の毒だったね。魔族に襲われて亡くなったそうだが、ローガン達もそのキャンプレッスンに参加してたんだ」
とマルクが言った。
「そうなのか」
ルイスはマルクの弟妹を見た。
三人とも素晴らしく美しい容姿をしていてルイスは目を見張った。
こんな弟妹がいるのでは、マルクが引きこもりになるのも仕方が無いとも思った。
「従兄弟だがずっと一緒に暮らしてて実の弟同様だ」
とマルクが言い、ローガンが、
「初めましてローガン・ヘンデルです。弟君には災難でしたね。確かに瘴気の強い森でしたが、あんな風に魔獣が暴走するなんて」
と言った。
そこへ執事がワゴンを押して現れ、皆の前に紅茶のカップと良い匂いのする焼き菓子を置いた。
「うちのコックの焼き菓子は絶品なんだ」
とマルクが自慢げに言い、早速自ら手を伸ばした。
ルイスは落ち着かない風に紅茶のカップに手を伸ばした。
「あっつ」
勢いよく口にして、熱い液体が口内を焼いた。
「まあ、大丈夫ですか?」
可愛らしい声がして顔をあげると美しい銀髪と同じ色の瞳、儚げで可憐なソフィアがルイスの方を心配そうに見ていた。
「あ、あ、すみません、だ、大丈夫です!」
部屋に案内されたルイスが久しぶりに見た巨漢のマルクに唖然としなかったのは、八割が一目で可憐なソフィアに心を奪われたからだった。
ソフィアがルイスに手を伸ばしたと思うと、その小さな白い手にはハンカチがあり、
「どうぞこれを」
とルイスに差し出した。
「こ、これは……も、申し訳ありません!」
一瞬、躊躇したがそれを受け取った。
だがそれで紅茶を被った箇所を拭くのは気が咎め、ただちょっと指先をぬぐっただけにした。一瞬にしてハンカチを、もちろん新しいのを購入し返却する為にまたソフィアに合う口実が出来る、と判断したのは確かだった。
「そ、それでだな、ニコライと同じパーティになった者に会って話を聞いているんだ。剣王学院の者には会ったが、魔獣が暴走し学院から撤退の指示が出てから皆がパニック状態でバラバラになってしまったそうだ。ニコライには従者のジャンが側にいたが彼も集合場所近くで矢を受けて死んでいたそうだ。恐らく魔物との戦いの途中で味方の矢を受けてしまったんだろう。ニコライは一人で彷徨って魔獣に食われたらしいのだが……」
「何か懸念でも?」
とローガンが言った。
「これは……騎士を輩出する我が家には恥だから、他言無用で願いたい。実はニコライの首が我が家の門柱にささっていたのだ……ニコライが魔獣に食われたのはしょうがない。ニコライが弱かったのとも言える。だが、その亡骸から首を取り、門柱に刺すなどとても魔獣の仕業とは思えない」
「何故ですか?」
すかさずそう口を挟んだのはエリオットだった。
「え?」
「何故、魔獣の仕業ではないと?」
ルイスはエリオットを見て微笑んだ。
どう考えても魔獣にそんな知恵があるわけもないのが八歳の少年には分からないのか、と思った微笑みだった。
「魔獣がそんな事をする意味が? 確かに遊ぶ半分で人間を玩具のように扱う時もあるだろう。だがニコライの首を我が家に持って来て門柱に刺すなどとても魔獣がするとは思えない。ニコライを我がアーンシェ家の子息と知って? 家を探し当てて? わざわざ首を持参して? 魔獣にそこまでの知恵が? あり得ないよ」
そう言うルイスをエリオットは微笑みを返した。
「そうでしょうか。魔族には知恵がないと? 確かにそういう魔物もいるでしょう。喰らう、襲う、殺す、いたぶる、それだけに特化した魔物も多いでしょう。だが数百年前にすでに魔族は魔王軍を結成し四つの軍に分かれて人間の街を急襲しています。魔族は戦闘を知っているのですよ。軍を作り作戦をたて統率し戦闘が出来る。魔王という絶対的指揮者の元、四つの軍を率いた優秀で残酷な魔王の四肢は人間を撲滅する事に成功しそうだった。一つの欠点、裏切り者を出してしまったという汚点の他にはね。彼らは人間を消滅せしめる事に成功する所だった。それを考えれば魔族に知性や理性がないはすがないじゃないですか?」
と言うエリオットにルイスはポカンとした顔で少年を眺めた。
「あ、嫌、確かに君の言うことも分かるが……で、では、魔族にそういう知恵があるとして何故? ニコライの首を?」
「魔族に恨まれる心当たりは??」
エリオットはルイスに無邪気そうな笑みを向けた。
「ニコライが魔族に恨みまれていたと?」
「さあ、それは知りませんけど、首を門柱に晒すなどアーンシェ家かご子息本人に恨みがあるとしか」
とエリオットが言った。
「確かに……ニコライは剣の腕はいいが、人間的には少し……弱い魔物や小動物をよく虐めていたが……」
「弟君を晒した魔族を……探すのかい?」
とマルクが聞いた。
焼き菓子を頬張っているので、ごもごもした声だった。
「そうなんだ、魔族でも誰でもニコライをあんな目に遭わせた者を生け捕りにして父上の前に引き出さなきゃならないんだ。父上はニコライを一番愛していたからね。だが仇を見つけるといってもどうしたものか、目撃した者も見つからないし。だが、もし本当にニコライに恨みを持つ魔族の仕業なら見当はつく。ニコライは遊びで罠をかけ魔物を捕まえたりしていたんだが、それで捕まえた一番最近の魔物はオークの子供なんだ」
マルクはポカンとし、ローガンは足を組み替え、エリオットは微笑み、ソフィアは「まあ」と言い、ワルドは紅茶のポットを持ち上げ、マルクのカップに注いだ。
「じゃあ、そのオークを探して捕まえればいいのかい?」
新たに注がれた湯気の立つカップの香りを楽しんでからマルクが言った。
「そうだ……それがいい。ありがとう、君達と話した事で見通しが立った。感謝する。実は良い案も浮かばずに一人で途方にくれていたんだ。仇を生け捕るまでは家に戻る事も騎士団へ戻る事も許されていなんだ。このままでは家督を継ぐのも次男になってしまう。早速オークを捕まえに行くよ」
「恐ろしい事」
と小さく呟いたのはソフィアでルイスは彼女を見て、
「申し訳ない。物騒な話をしてしまって」
と言った。
「いいえ、無事に弟様の仇が見つかるとよいですわね」
とソフィアが答えた。
「あ、ああ、ありがとう……あの、マルク殿、えっと少し二人で話したい事が……」
とルイスが言うと、
「それでは僕たちはこれで、エリオット、ソフィアお暇しよう。ワルド、僕の部屋でお茶会の続きをするから」
と言いながらローガンが立ち上がった。
「かしこまりました、ローガン様。フランメイド長、あとはお願いしますよ」
ワルドが先にドアを開き、オーガン、エリオット、ソフィアが礼をして部屋を出た。
そしてワルドが最後に部屋を出て丁寧にお辞儀をしてからドアを閉めた。
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