第六十七話 右足の予言
ローガンの部屋にソフィアとエリオット、そして執事のワルドがいた。
魔族的には他者とひけをとらない存在である魔王の左足であるワルドだが、人間的には執事なのでやはりワゴンを押して入って来て、それぞれに紅茶を注いだカップを配り、焼き菓子を小皿に取り分けたりしている。
エリオットはソファに座り、
「ローガン兄様、あの男、ソフィア様に求婚したいとマルク兄様に言うよ」
と言った。
ソフィアは「はあ?」と言いローガンは、
「なるほど右足の予言か? エリオット」
と言った。
「それはそれは喜ばしい。右足の予言が復活したのですね」
とワルドが言って手を叩いた。
「右足の予言て何?」
ソフィアが紅茶と焼き菓子に手を伸ばしながら言った。
良家の子女は焼き菓子やケーキを目の前に積まれても一つくらいしか食べてはいけない。
紅茶もがぶがぶ飲んではいけない。だから客人との茶会でも焼きたての香りがする菓子を眺めているだけの方が多い。もちろんソフィアの育った劣悪な環境に比べれば今は一つの菓子でも口に入れば幸せな方だが、ソフィアは腕まくりをしてから両手で焼き菓子を持って口に放り込んだ。
そんなソフィアの前にカップを置きながら、
「右足の予言はほぼ的中します。そういう能力を魔王様から頂いたのです。それが長い間に魔力は枯れ、痛んだ身体は弱るばかりで能力は消えていたのですが、ソフィア様からいただく濃い魔力でどうやら復活したようです」
とワルドが言った。
「へえ」
「まだまだほんの身近な事しか分からないし、少し先の事しか分からないけど。今頃、あのルイスって奴がソフィア様と結婚したいとマルク兄様に言ってるはずさ」
「え、無理」
とソフィアは言った。
その時部屋の床がじわっと黒くなり、マイアが顔を出し、
「ソフィア様! あのルイスって男がソフィア様と結婚したいとマルク様に言ってます! マルク様とメイド長がソフィア様の事を恐ろしい人だって言ってます!」
と言った。
「え、絶対嫌だから、断ってよね、ローガン」
「もちろんですよ。あなたを娶るという幸運が人間にふりかかるなど絶対あり得ない」
とローガンが言った。
「えっと誰だっけ、あの太い汚い奴……」
「オルボン?」
とエリオットが噴き出しながら言った。
「それ! あいつもそうだったけどさ、ソフィアはまだ八歳だよ? なんで結婚とかの話? この国、ロリコンばっかりかよ? 鳥肌もんだわ」
「普通ですよ」
「は?」
「地位のある貴族ほど婚約の話は早くなります。皇太子妃などは三歳くらいで候補が出揃い、そこから数年かけて淑女としてのふるまい、教養を学びますからね。婚約は十歳くらいに確定します。成婚は十五歳くらい。ですから八歳のあなたに婚姻の話がくるのは普通です」
「マジか、信じられねえ」
と言うソフィアの横顔を見ながら、
「そのソフィア様の二面性の方が信じられません」
とワルドが言った。
「何?」
「その可憐な容姿にアーンシェ家の子息が惚れてしまうのも無理ないでしょう。ハンカチを差し出すそのほっそりとした白い指も儚げな動きも。だが実際はお口も悪く、善悪の判断も曖昧であなたのご機嫌次第なんですからね」
「は? 喧嘩売ってんの? あたしだってバカじゃないわ。前世から学歴なんてないけど、何でもかんでも癇癪起こして暴れていいってワケじゃないくらい理解してる。でないとすぐに頭のイカレタ奴って見られて、牢屋行きなのくらい理解してる。せっかく貰ったこの魔法ってやつ、もっと使いたいじゃない? それにまだ復讐は終わってないしね。様子をうかがうのは得意。この世界ほど生きるか死ぬかじゃなかったけど、前世でも結構苦労してるんだよね」
と言ってソフィアは笑った。
「ではあのルイスという男、帰り道で魔獣に食われてしまう方向でよろしいですか?」
とワルドが言った。
「駄目よ」
とソフィアが言った。
魔王の右腕と左右の足がソフィアを見た。
「オークの王に紹介してあげればいいじゃない。仇を探してるんでしょ? 丁度いいじゃない? どっちがやられても恨みっこなしで双方満足でしょ? オークの王がどんなに強いか知らないけどさ。復讐は復讐を呼ぶわね。それも仕方ないわ。望んでそれをやってるんだから。あたしも自分の復讐の続きをやらないと、そう言えばケイトお姉様はどうなったのかしら?」
と言うソフィアに
「ケイトお嬢様は本日はオルボン公爵家の庭園パーティに呼ばれてお出かけでございます」
とワルドが言った。
「パーティ?」
「はい、とてもお似合いのお二人で、近々正式に婚約発表をなさるでしょう」
「え、マジで?」
「さようでございます」
ワルドが顔を上げてにっこりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます