第六十一話 エリオットの寄り道 2
「久しぶりだな。オークの王よ」
とエリオットが言い、切り株に腰を下ろした。
魔族の者達がエリオットに扮した魔王の右足に敬意を表し頭を垂れ、地面に傅いている。
その先頭にいるのは巨大な身体にそれを支える鍛えられた筋肉、エリオットの頭ほどの拳を強く握りしめた黒いオークだった。
「魔王様の右足様にこうして再びお会いできる事を喜ばしく存じます」
と黒いオークは丁寧に言った。
「まさか生きておられたとは……魔王様が勇者に滅ぼされ、魔王様の四肢様も瀕死の目に遭ったはず」
「まあ、そうだ。あの勇者は強かった。歴代最強の聖女を連れていたからな。だが、まあ四肢は千切れて離散した。魔王様を見捨てた卑怯者と食屍鬼にさっきも罵られたよ」
「そのような! 我ら魔族一同、右足様がご無事で何よりと!」
「右腕と左足も無事だ」
「やはり! 先程右足様と同行していたあの若者が右腕様ですな?」
「そうそう、僕達、兄弟って設定だから。今は人間に化けて暮らしてるんだ。今日は来てないけど、左足も一緒にいるよ。勇者から逃げたはいいがみーんな瀕死で今にも消滅しそうな状態で何百年も細々と暮らしていたんだけどね。右腕がぼくらにいい主を紹介してくれてさ」
「そのような……あなた方が魔王様以外に主を持つなど!」
「僕らの事はまあいいよ。何か話があるんだろう? お前達があのニコライってやつを追ってたのも、その理由も見当はついてる。遊び半分で仲間を殺されたんだろ?」
黒いオークはまた拳を強く握って地面を叩いた。
その衝撃でドウンドウンと地面が揺れた。
「我らの子が人間の罠にかかり嬲り殺されました。止めましたが我の番いが子を取り戻しに仲間を連れて行きました。同じように子を殺されたメスを連れて行き、そして人間の軍隊に皆、殺されました。もちろん我らは人間も他の魔獣も喰らう。生きる為に。他の魔獣らもそうだ。我らを喰う為に戦う。人間もそうだ。魔獣を喰い、牙を切り取り皮を剥ぎそれを加工する。生きていく為のサイクルだ。だが、奴らは違った。子を生け捕りにし、首を刎ね、その首で遊んだ。罠にかかった子が愚かなのは認めるが、奴らは食うためでもなく、ただ遊びの為だった。生態系保持の為、子は狩らない、それが自然の掟だ! もちろん知性を持たない獣はそうではないだろう! 己が満足するだけしか興味がない魔物も多い! だが人間が! 人間がそれを冒すか! 遊びの為に! それなら我らが食うためではなく、復讐の為に奴らを殺しても文句は言うまい? 言えまい! 我らは人間の生息地を襲ってもいないのだぞ! それなのに人間は我らを討伐してやったと宣言したのだ!」
オークの王は涙を流していた。
救えなかった番いと子を失った悲しさだった。
「全くもってお前が正しい。オークの王よ。右腕からも言伝がある。気の済むようにやってしまえ、との事だ」
「おお!」
「ニコライ様」
とジャンが言った。
「なんだ」
「まだですかね。もう結構歩いてませんか?」
ジャンの言葉にニコライははっとした。
「確かに、もう集合場所についてもいい……それに戻ってきた他のパーティや救助に来た講師達と会ってもいい頃だ」
「ですよね。さっき、魔法学院の生徒が寄り道するって離れましたよね? でも考えたらその生徒、初等科くらいのチビだったでしょ? こんな危険な時に一人で離れるなんて」
ジャンが不安そうに言った。
しかし二人の前には魔法学院の女生徒が二人歩いている。
二人とも初等科のような幼女で一人は栗色の長い髪に、もう一人は綺麗な銀髪だった。
二人は仲良そさそうに話ながら歩いている。
「なあ、君達、ちょっと」
とニコライが声をかけた。
「え?」
と栗色の髪の女生徒が振り返った瞬間、
「ギャ!」
とニコライが叫んだ。ジャンも同時に「ひっ」と言って口を押さえた。
「どうしたの?」
と振り返った女生徒は魔法学院のローブを着て、栗色の髪の毛に花のピンを挿しているが、その顔はオークだった。
「あら、どうしたの?」
「オ、オーク、化け物!」
「まあ失礼ね、私の事、化け物だなんて!」
栗色の女生徒が言い、その横を並んで歩いていた銀髪の女生徒も振り返った。
暗闇でも輝くような銀髪、だがその顔はやはりオークで口の両端から牙が突き出している。
「どうしたの?」
「私の事を化け物だなんて言うのよ! 酷くない?」
「あら、それは酷いわ。私達はオークキングの眷属よ? オークの中でも知性派のキングの眷属よ! よくも化け物だなんて! そもそも女子に向かって化け物だなんて失礼よ!」
と銀髪の女生徒が言った。
その言葉にニコライとジャンは顔を見合わせたが、相手の顔が醜いオークであることに気が付きぎゃっと言って反発するように飛びのいた。
「え、どうしてだ?」
ニコライもジャンも自分の手を見た。
剣王学院の立派なマントを着用し帯剣、野外活動用の強い繊維の服に、岩オオカミの牙さえ通さない分厚いブーツ、だがごつごつした深緑色の肌をした手、爪も尖って銀色だった。
「あり得ない……なぜ自分がオークに」
緑色の手で顎の辺りを触ってみると二本の牙が出ている。
下顎から生えた立派な牙は確かにオークの証だった。
「そもそもぉ、あんたらオークの中で底辺じゃん。肌も白いし、身体だって貧弱ぅ。力だって弱いわよねー。人間に憧れてるかなんか知らないけどぉ。剣なんか拾ってきちゃてさ。オークは誇りをかけて殴り合う種族なのに、あんたらの方がみっともない化け物よ!」
と栗色ヘアーのオーク娘が言った。
それがいかにも馬鹿にした様子で、銀髪の娘も笑いながら
「そうよ、ねえお兄様、こんな貧弱な奴らが誇りあるオークキングの身内だなんて恥ずかしくりません?」
と言った。
先頭を歩いていた男が振り返った。
男の顔もオークで筋肉隆々の身体、ニコライを見下ろすその肢体は遙か彼方上から、冷たい獲物を見るような表情だった。
「こんな奴ら、ゴブリンにすら勝てないんじゃない?」
「そうよねぇ、ゴブリンは知恵が足りない分、集団で動いて狩りをするわ。きっと負けちゃうわね」
クスクスと笑うオーク娘二人にニコライはかっとなり剣を引き抜いた。
「化け物が! この俺様に偉そうな口を叩くんじゃない! ジャン! こいつら殺してしまえ!」
ニコライはジャンであろうオークに声をかけた。
顔はオークだが剣王学院のマントを羽織っているのはジャンだ。
「は、はい。ニコライ様!」
ジャンは剣を引き抜きオーク娘らに斬りかかって行ったが、太い大きな腕が伸びて来てジャンの剣を叩き落とした。
「やっだ、剣でお兄様に挑んでハエみたいに叩き落とされたわよ」
「だっさぁ」
とオーク娘らが笑い合う。
大きな手で叩かれたジャンは数メートル後方へ飛んで、大木に当たって地面に転げた。
「もう、せっかくお兄様と一緒にいられる時間に、こいつら邪魔。普段はオスとメスは分かれて生活してるからあんまりお兄様に会えないのに」
「そうよ。そうよ。ほんと邪魔よね。オスとしての魅力ゼロ、力もないしメスを守って食わせるなんて無理そうだし。人間に憧れてるんだったら、人間界に行けばいいのよ」
「そうね! それはいい考えだわ! ねえ、お兄様、そう思うでしょう?」
長身のオークの若者は「そうだな。妹達よ。いい考えだ。ほら、丁度人間がたくさんいる場所についたぞ」と言い、前方を指した。
深い森が途切れて先に煌々とした灯りが見える。
たくさんの松明を焚き、光彩魔法で辺り一面を照らしていた。
テントを張り、怪我人を休ませ、到着した騎士団が周囲を警戒していた。
「ほら!」
どんっと背中を押されて、ニコライは茂みの中から広場へと出てしまった。
お兄様と呼ばれている長身のオークがジャンの腕を掴んでそれも放り投げる。
途端に発せられる悲鳴と怒号。
「オークだ! オークが出たぞ!」
ニコライとジャンは慌てて起き上がり自分の名を名乗ったが、返ってきたのは弓から放たれた鋭い矢が数十本、ニコライとジャンの腕や身体に突き刺さった。
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