第六十話 エリオットの寄り道

 ソフィアとローラがそんな話をしていた時、すぐ後ろで剣王学院の生徒が二人よろよろと歩いていたが、疲れきっている二人の口からとめどなく愚痴が出ていた。

「だからキャンプ・レッスンなど来たくはなかったんだ! ブライアン先輩がうるさいから参加してみればこんな目に遭うなんて」

「ですよね。どうせ僕らは卒業後すぐに国軍騎士になるのだから、こんな冒険者みたいな事をする必要ないのに」

 二人は剣王学院の中等部生徒で一人はニコライ・アーンシェ伯爵子息、そして一人はその取り巻きのジャン・ロべーレ。

 アーンシェ家は代々騎士を輩出している家系で、国王騎士軍にはアーンシェの名が多く、ロべーレの家系はその補佐的地位にいた。

 ニコライは美しい少年で、剣も盾もマントもすら高級品で染み一つ無い。

 全ての装備が美しい彼に似合うように作られていた。

 剣の鞘には宝石が鏤められているし、希少な鉱石を使って作られた数多くのニコライ専用のアイテム。

 アイスブルーの髪の毛と同じ色の瞳と白い肌、騎士の家系でありながら戦場へ出すのを惜しまれる美貌だった。

「けどこれで中止になるし、きっと休養名目で休めるな」

「そうですね。もうすぐ夏の休暇ですしね」

「そうだ、おい、休暇になったらあの別荘へ行くぞ。あいつらどうしてるかな。生きてるかな?」

「死んでるでしょう。いくらオークどもとはいえ。食い物も水もない場所にもう二ヶ月ですよ」

 ニコライは満足そうにクスクスと笑うジャンを見た。

 ジャンはそばかすだらけで背が低く卑屈な表情を浮かべている。

 幼少期よりいつもニコライの側にいて彼を褒め称え小間使いのように動かなければならない彼の諦めた表情、そしてそのやりきれない思いは自分よりも弱い者に向かう。

「オークのガキを数匹生け捕りにした数日後、オークの群れがちょうど軍事訓練の日程に押し寄せてきちゃって、大量殺戮しちゃいましたもんね。死んで腐ったガキの首を大事そうに抱えて、弓の矢で身体が針山みたいになってて。あれ大笑いでしたよね。あれでもまだ息があったみたいだからさすが魔物、頑丈ですよね。ま、でも二ヶ月もあのままで放っておいたんですから死んでるでしょ」

「だよなぁ。でもあのオーク、人語を解するようだと誰か言ってなかったか?」

「まさか! そんなことあるわけないですよ。知能が低く暴力でしか動けない魔物ですよ? あれも子供を奪い返しに来たとか言ってる人もいましたけど、まさかそんな感情があるわけもない。共食いこそすれ、ガキを助けになんてくるわけないじゃないですか」

 がっはっはとジャンは笑った。

「だよな、薄汚い魔物に知性なんがあるわけもないか。殺し合うか食うかしかする事がないもんな。まあ、そんな魔物が存在するから俺達は剣の鍛錬が出来るし食料にも不自由しないけどな」

「うえ~僕はオーク肉は嫌いなんですよね。お屋敷で出る肉はちきんと処理されてて美味いけど、屋台の串焼きなんか臭くて無理」

「だが安いから庶民には手に入りやすい、牙や睾丸は薬剤になるし、皮は防具になるからな。人間様の役に立つ魔物だぞ? 繁殖力も高いし、次々ガキをこしらえる。いくら狩っても減らない。オーク狩りは暇つぶしに最適で、さらに小遣いも手に入るんだからな。帰ったらまた狩りに行こう。奴隷を何人か連れていけば向こうから姿を現す」

「しかし旦那様に何度も奴隷をお願いするのはお小言をいただきませんか? ニコライ様、奴隷で遊ぶの好きですよね」

「奴隷なんて二束三文だ。俺のこのブーツ一足も買えないんだぞ? 剣の鍛錬の為に生きた標的と戦うのはいい事だ。父上はそんな事をケチらない」

「それなら安心ですけど、ニコライ様、この間、街で人間の子をさらってきたじゃないですか。あれは危険だからやめたほうがいいですよ。買っていただけるなら奴隷で遊びましょうよ」

 ニコライははっはっはと可笑しそうに笑った。

「あれは傑作だったな。パン一つで知らない人間についてくるんだぞ。危機管理出来なさすぎだろ。教養のない貧乏人はこれだからな。そういう奴ほどガキをたくさん作って、それで育てられないって奴隷に売るんだからな」

「確かに面白かったです。チビの兄弟、どっちか一人だけゴブリンの巣へ落ちたらあと一人の方は助けてやるって言ったら、兄が自分でゴブリンの餌食になって。でも結局、弟の方も巣に落としてやったらゴブリンに犯されてましたよ? メスだと思ったんですかね? 可愛い顔が痛いー痛いーって歪んじゃってもう!」

 ジャンは下卑た笑みを見せて興奮した様子で笑った。

 ニコライもふんふんと聞きながら笑っている。



「ゴブリンキングに腰を抜かしてた奴らが何を言ってんだか……ねえねえ、ちょっと僕、寄り道していい?」

 と一番最後にいたエリオットが急に大きな言ったので、皆が足を止めて振り返った。

「寄り道って、街中じゃあるまいし何をするの?」

 とソフィアが言った。

「ちょっとね、昔馴染みに会ってさ、話があるって言うんだ。ね、兄様、いいでしょ? 集合場所ももう近いんだし」

 とエリオットが言ってローガンを見た。

 ローガンは微かにうなずいて、

「いいだろう。気の済むようにしておいで」

 とだけ言った。


 

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