第五十九話 帰路
その後、ローラ達三人を連れてソフィアが最初の集合場所へ向けて出発したのはまだ真っ暗な真夜中だった。
三人の生徒を連れてメアリにも乗れず、また高位の魔術師にしか使えないとされる転位の魔法も使うわけにはいかず、やはりテクテクと歩いて戻るしかなかった。
ローガンとエリオットの魔力で一行を襲ってくる魔族はいないが、ゴブリンのように相手の力量を測れない魔物が時々餌を求めて顔を出す。
適度に相手をし休息を挟みながら進む森は日が上がっても鬱蒼とし、瘴気が漂う。
治癒魔法をかけてやり傷は治してやったが失った体力、特に萎えてしまった気力は戻らずに三人は疲労困憊だった。
ガサガサと草やうねった木の根を避けながらローガンを先頭に、エリオットをしんがりに進む。剣王学院の二人は怯えきり、自らの剣で先を切り開く気力もなく、震えながらついて歩くだけだった。
ローラは自分の先を歩くソフィアの背中を眺めながら歩を進めていた。
ソフィアは復讐者で自分を虐めたクラスメイトを傷つけ、姉のナタリーまで手にかけたに違いない、とローラは思っていた。
自分の目に突き刺さった羽ペンの感触を今でも忘れず、あれから学院ではなるべくソフィアの視界に入らないように過ごしていた。
(公爵令嬢であるエレナ様を敵に回しても平気なのはあの素晴らしい魔力があるから?……どれだけ魔力を持つ人でも貴族に逆らうなんてありえない。皆、将来の為、家の為に上手く折り合っているわ。上位貴族には逆らえない……私だってナタリー様に逆らえなかった)
ナタリーに言いつけられた通りにソフィアを酷く虐めた自覚はローラにはあった。
善悪でなく、それがいつもの事だったからだ。
上位貴族に目をつけられた者の末路は惨めなものだった。
家は潰され、爵位も返上など普通にあり、もちろん全ての上位貴族がそれほど傲慢なわけでもなく一部だが、それに目をつけられればお終いだった。
ローラの様な低位の爵位の娘は特に惨めだった。学院では小間使い同然だし、良い成績を取れば風当たりは強くなる。周囲を黙らせるほどの魔力持ち、光の娘と国が歓迎するような聖女候補でも学院内の虐めにより登校拒否になるくらいだ。
「あのさぁ、めっちゃ敵意、背中に刺さるんだけど? 何? あたしとやる気なの?」
ソフィアが歩を緩め、いつのまにか自分の横に並んでいてローラは驚いて震えた。
「い、いえ、そんな、敵意だなんて……ごめんなさい……」
ガタガタと震えながらローラは小声で詫びた。
先頭を歩くローガンが少し振り返り笑った。
ソフィア、ローラの後ろから付いてくる剣王学院の二人は疲れ切って虚ろな目でただ歩いており、その後ろをエリオットがつまらなそうな顔で歩くが、時折、遠巻きに気配を見せる小さな魔物達に魔力を当て威嚇して遊んでいた。
知性の高い魔族達は近寄るな、という命に従い遠巻きにローガンやエリオットを眺めているだけだが、中には(お久しい……ご無事で何より、魔王様の右足様!)とエリオットの後をついてくる魔族もいた。
「あの……」
「何?」
ローラは並んで歩くソフィアを見て、
「聞いてもいい……?」
と言った。
「予想はつくけど、何?」
「どうして急にそんなに強く?」
「いじめられっ子が急にって?」
「ええ、そんなに強いのにどうして……それほどの魔力を隠してたの?」
「隠してなんかない。なんだろうね? あたしにもよく分かんない」
死んで生き返ったら別人だった、と言えば簡単だが到底信じるはずもない。
「あんたに虐められのも忘れてないよ」
「ごめん……なさい……」
「あんたの立場ではしょうがなかったってのも知ってる。クソ貴族の言うことは絶対だもんね。でもあんたの変わり身の早さにびっくりだ。入学当初、引っ込み思案だったソフィアと平民出身のレイラ、声をかけてきたのはあんただったよね? あれは前振りだったの? 仲良くしようと声をかけておいてその後、地獄に突き落とす。そういう遊びだったわけ?」
「ち、違う……初めは本当に仲良く出来たらって……でも、ナタリー様に言われて……それからハウエル公爵令嬢のエレナ様にも……そうしないと、うちみたいな男爵家なんてすぐに……うちも以前は平民で先の魔軍討伐戦争で祖父が仕えていた伯爵様の身を挺して救ったという功績から爵位を頂いていたから……爵位返上なんてなったら……」
「あそ、じゃあ、それでいいよ。これからもそうやって言い訳しながら誰かを虐めて生きていけばいいよ。楽しいんでしょ?」
ローラはぱっとソフィアの方を見て、
「楽しくなんかないわ! だから……あたしは早く学院を出て魔術師になって……独立して……誰も知らない街へ行って……一人で生きてくんだから」
と言った。
「へえ、あんたみたいな下っ端貴族の娘はたいてい政略結婚をさせられない?」
「……嫌なの。政略結婚なんて……今の私の婚約者、三十も上なの。中等部に入ったら学院を辞めさせられて結婚させられてしまう……嫌、絶対……ソフィア様もそうなんでしょ? お相手はあのオルボン侯爵家の……」
「ああ、あいつね」
とソフィアが笑った。
「ケイト姉様に変わってもらったの」
「え!?」
「ケイト姉様が、あんな汚い不潔なデブに可愛い妹を嫁がせるのは可哀想だからって優しいでしょ? ケイト姉様」
「で、でも……」
「ローラ、あんたが魔法で独立したいならそうすればいい。嫌な物は嫌と言った方がいい。例え命を賭けることになっても、あんたのやりたいことを貫いた方がいい。そこで賭けに負けて死んでも、次の人生ではうまくいくかもしれないから」
と言ってソフィアが笑った。
「ソフィア様……」
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