第五十六話 森の瘴気
「きゃあ!」とエレナは身体のバランスを崩し、その場に膝をついた。
「この森は危険。出発前にレイラが注意してくれた。闇の瘴気が濃くなってるって、あんたの姉さんだって聖女候補なのに教えてくれなかった? 妹の身を案じる思いやりとかないんだ」
「……そ、それは」
エレナは青くなって唇を噛みしめた。
ソフィアは周辺にかけていたスリープの魔法を解いた。
途端に騒がしくなる森。
ソフィアのパーティでもテントで眠っていた者達も次々に目覚め、剣を片手に起き出してくる。
「どうした!? 何があった?」」
ブライアンが真っ先に駆けてきた。
伝令の矢がブライアンの足下に落ち、彼はそれを拾い上げて読んだ。
「学院からの指示で直ちに森から撤退だ! 規格外の魔獣が暴れているそうだ! 荷物なんか捨てて逃げるぞ!」
ブライアンの指示で剣王学院の生徒たちは一目散に走り出した。
「君達も! 早く!」
ソフィア、ローガンがいて、エレナは地面に座り込んだままだった。
「一刻も早く森を出るんだ! さあ、俺が先導するから!」
とブライアンが言ったが、ローガンはそれを制して、
「そこのエレナ・ハウエルだけを連れて逃げてくれ。俺達は自分らで大丈夫だから」
と言った。
「しかし!」
「エレナ・ハウエルは公爵の令嬢なんだ。貴族世界の中では重鎮だし、命の恩人となれば褒美も出るだろう。だから、さあ行ってくれ。俺達は本当に大丈夫だから」
話している間にも揺れる森と濃くなる瘴気、魔獣の咆吼が聞こえ、迫ってくる危険を肌に感じる。ブライアンは腰が抜けているエレナの身体を抱き上げて、ソフィアらに背を向けて走り出した。
「ソフィア様、地下の馬鹿どもが目を覚まし、学院の生徒達を狙っておりますね」
ソフィアの足下の影、メアリが呟いた。
「魔獣? 何故、今? 学院のキャンプなんてしょっちゅうでしょ? 立入禁止の森とはいえ、冒険者や腕に自信がある人間は立ち入ることだってある。盗賊や山賊の根城になってるってローガンが言ってたわ」
とソフィアはローガンを見た。
「確かに普段棲み着いている魔獣たちはもちろん、地下深くで眠っていた元魔王軍達も目覚め始めてますね」
「そりゃそうだよ。魔王の右腕と右足がいるんだから、魔物どもも活発になるって」
と声がして、ソフィアが振り返るとエリオットがシュッと姿を現した。
「エリオット」
「ここらへんの魔物達は魔王復活とかどうでもいい。ただ人間がたくさんいるから蠢いてるだけだけど、地下の魔物はローガン兄様の気配を感じ取って目が覚めたんじゃないかな。学院は騎士団への出動依頼を出したからすぐに騎士団が来るだろうけどそれまで学院の先生達で生徒の半分でも守れたらいいほうじゃない?」
とエリオットは事も無げに言った。
ソフィアは森の周囲を見渡した。
濃い瘴気が広がっているのが感覚で分かる。
「あなたたちがいるだけで刺激になるなら二人とも帰ったらどうよ? 眠ってた魔物にはもう一度眠るように伝えてさ」
とソフィアが言ったがローガンは、
「魔王軍にいたのは多少の知性はある魔物ですが、そういうのは通じないでしょうね。目が冷めた以上魔王様を滅した人間どもを蹂躙しないと治まらないでしょう。勇者によって消滅寸前まで痛めつけられた我々四肢とは違い、眠っている間に傷も回復しているでしょうし」
と言い、エリオットは、
「きっと空腹だしね」
と言って笑った。
「はあ? 何なのよ、エレナは逃がすしさぁ。あんたらがここに来ることでこういう事態になるのは分かってたって事でしょ? どうしてそういう無駄な事を」
ソフィアが呆れた様に言った瞬間、足下が揺れてぐらりと地面から大きく黒い物体が盛り上がってきた。
「卑怯者の四肢のうち二つがいるとは」
と低く響く声がした。
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